« 千駄木庵日乗八月二十三日 | トップページ | 「第五十四回日本の心を学ぶ会」のお知らせ »

2015年8月24日 (月)

海へのロマンの歌

海の彼方への憧れ

 

 まだ見たこともなく、行ったこともない世界を憧れるのは人間の自然な心である。日本人は古くから、この世とは別の世界即ち「他界」への憧れ・ロマンを強く持っていた。日本人の他界へのロマン精神は、神話の世界からのものであり、日本人の生活と宗教の根本にあるものなのである。

 とくに海の彼方への憧れは、昔から日本人が抱き続けたロマン精神であった。日本民族の主神であり皇室の祖先神である天照大神は、伊耶那岐命が海辺での禊で右目を洗われた時に生まれられた神であるという神話がある。これは日本人が海を神聖なる世界として憧れていたことを証明する。

 萬葉集には海を歌った傑作が多い。

 

 ともし火の明石大門(おほと) に入らむ日やこぎ別れなむ家のあたり見ず

 

 天(あま)ざかる夷(ひな) の長道(ながぢ)ゆ戀ひ来れば明石の門() より大和島見ゆ

 

 二首とも、柿本人麿が瀬戸内海の明石海峡あたりを航行した時に詠んだ歌である。前者は瀬戸内海を西に下る時、後者は西から上る時の歌。海に慣れない大和人たる人麿が、海の彼方の大和への憧憬と、航海の驚きと感激、そして勇猛の精神を、けれんもなく堂々と詠んでいる。

 近代において海へのロマンを歌った代表的な歌は、

 

 海恋し潮の遠鳴りかぞへては少女(をとめ )となりし父母の家

 

である。

 これは与謝野晶子が、明治三十七年雑誌『明星』に発表した歌で、「海が恋しい。潮の遠鳴りを聞きながら、父母の家で少女として成長したのだから」という意である。泉州堺の晶子の生家からは海が近く、彼女にとって望郷の思いは即ち海への憧憬でありロマンであった。晶子には他に、「ふるさとの潮の遠音(とほね) のわが胸にひびくをおぼゆ初夏(はつなつ)の雲」という歌もある。

 我々日本人は幼い頃から海を愛し、海に憧れた。海を主題にした唱歌は多い。

 

 ウミハ ヒロイナ

 大キイナ、

 ツキガ ノボルシ

 日ガ シズム。

 

 ウミニ オフネヲ

 ウカバシテ、

 イッテ ミタイナ、

 ヨソノ クニ。

 

 文部省唱歌『ウミ』(林柳波作詞、井上武士作曲)である。海辺に住む子供たちは勿論都会の子供たちも、臨海学校などでこの歌を歌った。文部省唱歌には、このほかにも『われは海の子』(我は海の子白波の)、『海』(松原遠く消ゆるところ)などがある。

 四方を海に囲まれている島国に生きる日本人にとって、海は実に身近な存在である。我々日本人が海の彼方へ憧れを抱いたのは自然である。それは海そのものへの憧れであると共に、海の彼方の「他界」への憧れでもあった。日本民族が太古に遥か海の彼方からこの日本列島に渡って来たらしい事が原因なのかも知れない。

 

  海の彼方の常世(とこよ)

 

 名も知らぬ遠き島より

 流れ寄る椰子の実一つ

 

 故郷の岸を離れて

 汝はそも波に幾月

 (中略)

 実をとりて胸にあつれば

 新(あらた)なり流離の憂(うれひ)

 

 海の日の沈むを見れば

 激(たぎ)り落つ異郷の涙

 

 思ひやる八重の汐々

 いづれの日にか国に帰らむ

 

 明治三十三年雑誌「新小説」に発表された島崎藤村の詩である。のち、大中寅二によって曲が付けられ、今日も多くの人々に愛唱されている。柳田国男が明治三十一年夏に愛知県の伊良湖に旅した時、椰子の実が流れ寄って来たのを見た体験を、藤村が聞き、詩にしたものという。椰子の実に託して、海の彼方の南の国へのロマン・望郷の思い、そして「流離の憂い」を表白した詩である。たとえ南国に故郷の無い人間でもこの詩を読むと、何となく望郷の念にかられる。それは、日本人が、古来、「常世」(とこよ・この世の彼方即ち他界にある永遠の世界・理想の世界)への憧れを抱いていたからではあるまいか。

 「常世」とも「妣(はは) の国」とも言われる所は、海の彼方の憧れの国なのである。そこは、太平洋岸では日の昇る水平線の彼方であり、日本海岸では日の沈む水平線の彼方である。そこに、永遠の国・浦島太郎が老いなかった竜宮城があると信じたのである。

 

 昔々浦島は

 助けた亀に連れられて

 竜宮城へ来てみれば、

 絵にもかけない美しさ。

 

 文部省唱歌『浦島太郎』の一節である。海の彼方に不老不死の国があるという信仰が「浦島伝説」を生んだ。

 

海の清らかさを好む日本人の心

 

 日本文学の起源と言われている「祝詞」にこの海への憧れが高らかに歌われている。

 

 「天下四方(あめのしたよも)の國には、罪と云ふ 罪は在らじと、…大海原に押し放つ事の如 く、遺(のこ)る罪は在らじと祓ひ給ひ清め給ふ事を、…瀬織津比(せおりつひめ)と云ふ神、大 海原に持ち出でなむ。如此(かく)持ち出で往() なば、荒鹽(あらしほ)の鹽の八百道(やほぢ) の、 八鹽道(やしほぢ)の鹽の八百會(やほあひ)に座() す、速開都比(はやあきつひめ) と云ふ神、持ち可 可(かか)(のみ)てむ…」(大祓詞)

 

 日本人の持っている「陸地の穢れたものはすべて海に流せば淨まってしまう」という信仰が『大祓詞』に歌われている。また、日本人はお淨めに塩を用いる。塩は海から取れる。海が清らかなところと信ずるがゆえである。清らかさ・明るさを好む日本人のロマン精神は「海」への憧れと一体であったのである。

|

« 千駄木庵日乗八月二十三日 | トップページ | 「第五十四回日本の心を学ぶ会」のお知らせ »

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/121949/62144016

この記事へのトラックバック一覧です: 海へのロマンの歌:

« 千駄木庵日乗八月二十三日 | トップページ | 「第五十四回日本の心を学ぶ会」のお知らせ »