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2015年8月 8日 (土)

『現行占領憲法』の<三原理>批判

 『日本國憲法』と称する『現行占領憲法』の<三原理>とは、「國民主権主義」「平和主義」「基本的人権の尊重」である。

 

 嘘と欺瞞に満ちた『現行憲法』の「前文」には「日本國民は、正当に選挙された代表者を通じて行動し、……ここに主権が國民にあることを宣言し…そもそも國政は、國民の厳粛な信託によるものであって、その権威は國民に由来し、その権力は國民のこれを代表者が行使し、その福利は國民がこれを享受する」と書かれている。

 

 いくら世の中が建て前と本音の使い分け、と言ってもこの文章はあまりにも非現実的である。「國民の厳粛な信託」などというものが一体何処にあるのであろうか。「主権在民」と言うが、最近の全ての選挙における投票率の異常な低下を何と見るか。戦後七十年にして現行憲法に書かれている民主主義制度はついに破産しつつある言っていい。

 

 投票率に際限のない低下は、日本國民の過半数が「主権など要りません」と言っていることの証明である。「前文」が嘘と欺瞞を言っているのだから、憲法全体も嘘と欺瞞で塗り固められているのである。國家の基本法たる憲法が嘘と欺瞞で塗り固められているのだから、日本國そのものも嘘と欺瞞の國に成り下がってしまったのだ。それが現下日本の実態なのだ。

 

 『現行憲法』でいう「國民主権主義」の「主権」とは、「國家意思を最終的に決定する権限」を言う。主權在民論・契約國家思想・權力國家思想に要約される西洋法思想に基づく規定である。西洋法思想における「主權」とは「領土や國民を支配する國家の權力」「國家として持つ最高獨立性」のことであり、憲法上最も重要な意味は「國家の意思を最終的に決定する權力」であるとされている(伊藤正己著『注釈憲法』)。

 

 『現行占領憲法』の「國民主権主義」は、「戦前の我が國は天皇主権の國であり、天皇制権力のもとに軍國主義國家となり國民の権利は奪われ戦争に駆り立てられた」という思想に基づくものである。しかしこれは全く誤れる思想である。我が國の歴史には、天皇が主権=國家の最高権力を独占的に掌握し独裁専制政治を行っていたなどということは全くない。『大日本帝國憲法』にも、「天皇に主権がある」とは全く書かれていない。

 

 我が國は天皇を祭祀主と仰ぐ信仰共同体である。西洋國家論で言うところの契約國家・権力國家ではない。我が國は君民一体の國柄である。西洋や支那大陸のような君主と人民とが「國家意思を最終的に決定する権限」を奪い合ったという歴史は全くない。「國家の意思を最終的に決定する権力」という意味での「主権」なる概念と言葉は、天皇中心の信仰共同体國家日本には全くそぐわない。天皇を中心とした信仰共同體である日本國は、権力支配組織ではない。だからわが國においては西洋的主権論は排除すべきである。

 

 西洋法思想・國家思想である「主權」なる「概念」を、わざわざ成文法として日本國の憲法に規定すること自體、大きな誤りであり國體を隠蔽し破壊につながる。

 

 今日の多くの憲法学者やマスコミは相変わらず「國民主権」の「國民」を「君主と対立する人民」の意義にとって、「國民主権論」をわが國の國家伝統の破壊、共和制革命への突破口としようと躍起になっている。それが一般國民の常識となって浸透していることは実に以て國家存立の基礎を揺るがす凶事である。現行占領憲法は、万邦無比の日本國體を隠蔽しているどころか、國體破壊の元凶なのである。天皇を祭祀主と仰ぐ信仰共同体國家日本の成文憲法に「國民主権」を記してはならない。

 

 『現行憲法』の「平和主義」とは、「我が國は侵略戦争をした悪い國であった。今後は武力戦力國軍は持たないし武力の行使はしないし戦争はしない」という思想である。

 

 『現行憲法』の「前文」には「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないように決意し…」「平和を愛する諸國民の公正と信義に信頼して、われらの生存と安全を保持しようと決意した」と書かれている。これは「東条内閣の行為によって行われた侵略戦争は二度と致しません。日本國および日本國民が安全を守るのも生存していくのもアメリカ様・ソ連様・中國様というような公正と信義のある國に一切委ねます」という意味であり、戦勝國に対する「詫び証文」である。

 

 つまり、『現行占領憲法』は、日本國および日本國民は戦勝國に手向かった悪者であり、戦勝國は公正の信義の國であるという文字通りの嘘八百を基本精神にしているのだ。わが國固有の領土南樺太・全千島を五十年間も占拠したままのロシア、そしてチベットを侵略支配し台湾及び尖閣諸島などのわが國固有の領土・領海を侵略せんとしている共産支那のどこに「公正と信義」という立派なものがあるというのか。

 

 「我が國は政府の行為によって侵略戦争を行った」というのは歴史的事実に反する。満洲事変から対日米英大東亜戦争までの大東亜戦争は、我が國の一方的な侵略戦争では全くない。止むを得ざる自存自衛のための戦いであり、アジア民族解放戦争であった。

 

 『現行憲法』の「平和主義」とは、有り体に言えば日本の軍隊や武力を持たせるとなにをするかわからないという観念が根底にある。そしてわが國以外の國はすべて公正と信義を持っているのだから、日本を侵略しようなどという國は何処にも存在しないという虚構が作られた。その虚構の上にわが國の國防という基本國策が立てられているのだ。

 

 「日本の軍隊はかつて侵略戦争を行い、アジアの人々や日本國民を塗炭の苦しみに陥らせた。だから軍隊は平和の敵である」というという誤れる考え方が蔓延してきた原因は、『現行憲法』の欺瞞的な平和主義にある。これを根本的に排除しなければならない。

 

 現行憲法の「基本的人権の尊重」の「基本的人権」とは、人間として生活するために当然に認められなければならない基本的権利のことである。その権利は國家に先立って人間が生まれながらにして持っているとされる。これを天賦人権という。そして「基本的人権」は、普遍性・不可侵性・永久性・固有性という根本的性格を持つものとされる。ゆえに、基本的人権はなにものにも優先されなければならないとされる。

 

 こうした思想は、絶対君主が人民の権利を奪い抑圧した西洋の歴史から生まれた「國家と個人は対立する存在である」という理論に基づく。これは國家を信仰共同体として把握する日本の國體精神とは無縁の思想である。

 

 近代西洋憲法は、人民と國家を対立するものととらえ、さらに國家権力の干渉を排除し、個人の自由を確保することを目指している。たしかに権力によって個人の自由や権利が理不尽に抑圧され蹂躙されることはあってはならない。しかし、日本國の國家観・君民一体の國體を西洋の絶対君主支配下の体制と同様なものとしてこれを排除し否定してはならない。

 

 ところが、『現行占領憲法』の立法意思は、まさに戦前の日本というよりも建國以来の日本の伝統を否定するところにあった。これは、「戦前の我が國は國民の自由が侵害され基本的人権が蹂躙された暗黒國家であった」という思想に基づいている。そして國家と個人とは相対立するものという思想に基づいて「基本的人権の尊重」を<憲法三原理>の一つとしたのである。

 

 人権尊重・個の尊重を全てに優先させることはかえって人権を蹂躙し、個人をの尊厳性を奪うことになるのは、今日の我が國の現象を見れば明らかである。今日の日本の教育荒廃・家庭崩壊・凶悪犯罪の増加の根本原因は、「自分さえよければ他人はどうなっても構わない」という観念が蔓延しているところにある。これは「個の尊重」「人権尊重」を絶対視して、共同体・家族・家庭と個人との共生を軽視してきた結果である。

 

 また「個人の権利」のみを強調する『現行憲法』の規定によって、祖先を敬い親に孝行するという日本國民道徳の基本が踏み行うことが困難になってきつつある。

 

人は多くの人間との関係性・共同生活があってはじめて生存できる。「人」は、自分自身であるとともに他者でもありさらには共同生活を営む場の全体のことでもある。それは「人」という言葉は、「人を馬鹿にするな」と言う場合は自分自身のことであり、「人の物を取る」と言う場合は「他者」のことであり、「人聞きが悪い」と言う場合は世間のことであることによっても分かる。

 

 人間が人間として生活するためには、多くの人々によって成立する共同体が必要不可欠なのである。したがって共同体としての國家をいたずらに敵視したり、國家を破壊すれば人間が幸福になると考えるのは誤りである。

 

わが國は「基本的人権の尊重」という美名のもとに、自己の欲望と他者の欲望とのぶつかり合いの世の中となりつつある。人々は、快と不快だけで生き、目に見える至近の距離の世界のみで生きるようになる。「欲望こそ全て」と考える。そして教育荒廃・家庭崩壊が起こり、悪平等が花開き、凶悪犯罪が増加している。日本列島に住む人々は、動物の群れと同じにようになり、國家も人も滅び去ることとなるのである。基本的人権の土台に、正しい道義心すなわち言ってみれば「基本的人徳」がなければならない。

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