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2015年8月30日 (日)

この頃詠みし歌

大空に浮かぶ白雲爽やかな心となりて仰ぐ朝かな

 

戦争法案謝罪談話といふ言葉汚らわしき響きとなりて満ちゐる

 

祓給へ浄め給へと祈るなり醜の醜草繁りゐる世を

 

原稿を書き終へし後 酷使せし眼をいたはりてしばし閉じゐる

 

亡国野党偏向メディアをなぎ倒し安倍晋三は正道を行け

 

七十年を経ても侵略国家なりと罵られゐることの悔しさ

 

友愛などと安易に唱へ土下座して自己満足する人の愚かさ

 

外つ國へ行きて土下座する元総理あきれ果てたるその愚かさよ

 

坂道をのぼれぱ高きクレーン車が動きゐるなり我を押しつぶす如く

 

まろき顔の和やかな人と挨拶し心のどかになりにけるかも

 

御霊鎮めのみまつりの庭に蝉しぐれ響きて止まぬ晩夏の夕べ、(尊攘義軍殉皇十二烈士女七十年祭)

 

のぼり来し愛宕の山の蝉しぐれ遠き日のままに今日も響けり()

 

久しぶりに愛宕の山にのぼり来て蝉しぐれ聴くみまつりの夕べ()

 

涼しき日々となりたることを喜びて部屋の掃除を丹念にする

 

老夫婦の営む蕎麦屋に一人来てそば焼酎を呑みてたらへり

 

高きピルに囲まれ鎮まるみやしろに手を合はせ立つ湯島天神

 

久しぶりに湯島天神に参り来て足かばひつつ男坂くだる

 

夕暮の湯島天神に若き男女が祈り捧げる姿好もし

 

合格祈願の絵馬を眺めて若き人らが生きる姿を尊しと思ふ

 

松の緑美しく映える皇居前 わが日の本は永久に栄えむ

 

遠き所に住みゐる人を恋ほしみて面影偲べど空しかりけり

 

はじめて来し駅の周りを眺めれば何処(いづこ)にもあるチェーン店ばかり

 

急な道を息切らしのぼる夕つ方 母のゐませる施設に行かむと

 

「戦友」といふ悲しき歌をわが母は歌ひたまへり静かなる声で

 

母が歌ふ「時計ばかりがコチコチと」といふ歌詞聞けば胸迫るなり

 

たらちねの母は食欲旺盛にお菓子を頂戴と言ひたまふなり

 

わが母はテラスのひまわり眺めつつきれいだねと我につぶやきたまふ

 

この施設のこの部屋がわが母の終の棲家と思へば悲し

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