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2015年7月 2日 (木)

日本神話に示されている日本人の神観・国家観を正しく回復しなければならない

『古事記』に示されてゐる日本人の神観・国家観を正しく回復しなければならない。

 

造化三神→伊邪那美命・伊邪那美命→天照大御神→邇邇藝命→神武天皇→歴代天皇、といふ神聖なる霊的系譜(神統・皇統)を正しく開顕しなければならない。

 

 わが国は、信仰的・祭祀的統一によって形成された国家である。そしてその祭祀主が天皇であらせられるのである。祭祀国家として約三千年の時間的連続・歴史を有してきたことが最も大切な日本国の本質であり、日本國體の尊厳性なのである。わが國體が万邦無比と言われる所以もここにある。

 

 日本国は、國家の意思を最終的に決定する權力たる主権を持つ国民の意思によって形成された国家、すなわち権力国家・統治システムとしての国家ではない。 

 

 日本国家の生成は「記紀神話」に伝えられている。『記紀』によると、国家成立の三要素たる国土・君主・国民は、伊耶那岐命・伊耶那美命二神から生まれ出た存在であり、命の源を一つにする「はらから」である。天皇と国民と国土は霊的・魂的に一体の関係にある

 

神話とは、現実の歴史を反映し理想化して描いた物語であり伝承である。日本国の祭祀的統一の歴史が、神話において物語られた。君主と国民とは対立関係にあるのではないし国家と国民も対立関係にあるのではないことは、日本神話に示されてゐる。

 

『萬葉集』は古代日本人の國體精神を歌ひあげた歌が数多く収められてゐる。『記紀』『萬葉』はわが国の真の意味の古典であり、決して単にる「文学」ではない。神社界でも神典として『古事記』『日本書紀』『古後拾遺』『宣命』『令義解』『律』『延喜式』『新撰姓氏録』『風土記』『萬葉集』は「神典」として尊ばれてゐる。

 

日本國は神の生みたまひし国である。日本国の肇国・建国・生成は、決して武力や権力による統一・結合そして支配被支配関係の確立ではない。伊耶那岐命・伊耶那美命は、自然神であると共に、人格神であらせられた。

 

岐美二神はお互ひに「あなにやし、えをとめを」「あなにやし、えをとこを」(『本当にいい女ですね』『本当にいい女ですね』)と唱和されて、国生みを行はれた。二神の「むすび」「愛」によって国土が生成されたのである。国土ばかりではなく、日本国民の祖たる八百萬の神々もそして自然物も全て岐美二神の「むすび」よって生まれたのである。

 

国土も自然も人も全てが神の命のあらはれであり、神霊的に一体なのである。これが我が国太古からの国土観・人間観・自然観である。

 

日本神話においては、天地が神によって創造されたのではなく、二柱の神の「愛・むすび」によって国土が生まれた。つまり神と国土・自然・人間は相対立し支配被支配の関係にあるのではなく、神霊的に一体の関係にあるのである。ここに日本神話の深い意義がある。神と人とが契約を結び、神は天地を創造し支配するといふユダヤ神話とここが全く異なる。

 

伊耶那岐命が伊耶那美命に「我が身は成り成りて、成り余れるところ一処あり。故(かれ。だから・註)この吾が身の成り余れる処を、汝が身の成り合はぬ処に、刺し塞ぎて、国土(くに)生みなさむと思ふはいかに」とのりたまふた。伊耶那岐命が「国土を生みなさむ」と申されてゐるところに日本神話の素晴らしさがある。

 

中西進氏は、「(世界各地の神話は・註)人類最初の男女神は、人間を生んでいる。國を生むのではない。ところが、日本神話ではそれが國生みに結び付けられ、国土創造の話に転換されている。これは日本神話の特色で…」(『天つ神の世界』)と論じられてゐる。

 

岐美二神は、単に大地の創造されたのではなく、国土の生成されたのである。太古の日本人は劫初から、国家意識が確立してゐたのである。

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