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2015年6月21日 (日)

『シンポジウム・これでいいのか日本』における登壇者の発言

三月十一日に行われた『シンポジウム・これでいいのか日本』における登壇者の発言は次の通り。

 

亀井静香衆院議員「村上正邦氏は五百%冤罪。ものつくり大学に予算をつけさせたのは私。特捜はバッチを挙げることが自分たちの使命。どうしてもバッチが欲しい。無罪になったら裁判所が悪い。自分たちは正義。古関忠男さんは検察の言いなりになった。拘禁性ノイローゼになった。人間の弱さ。代表質問で『ものつくり大学は必要』と言っただけで村上氏を捕まえた。再審と言うのは非常に難しい。村上さんは権力の頂点にいたところから地獄に落とされた。普通なら國を恨む。しかし村上先生はこの国のために頑張っている。村山さんは社会党左派におられたが自民党と手を握った。未来のため日本のためどうなるかを考えようというご決断をしていただいて自民党と手を握っていただいた。阪神淡路大震災の時、私は運輸大臣。村山総理は『法律は関係ない。人の命、復興の為に何でもやってくれ。責任は俺が持つ』と言われた。各閣僚はまなじりを決して取り組んだ。兵庫県が自衛隊出動を要請しなかった。村山総理は発生と同時に自衛隊を機能させた。兵庫県は重い腰を上げて出動要請をした。函館ハイジャックでは微動だにしなかった。村山さんは最高の総理だった。今のマスコミは権力の走狗。自主規制する。今の日本は戦前とどこが違うか。大政翼賛会。朝日新聞は戦争礼賛記事を書いた。今の日本の権力は総理の周りにいる連中が握っている。議員は投票マシン。自然災害は人間の力で発生を防止することはできない。戦争は人間が起こしている。人間の努力で起さなくすることは出来る。殺し合うことはしない事が大前提。放射能が垂れ流されている中にあって民主党でさえ原発に対するきちっとした態度を示すことができない。アメリカの極東戦略の基地の島が日本。アメリカがやってくれといえばやらざるを得なくなる状況にしている。イスラム国のことで一挙にアメリカと同じ立場に立たされた。日本は別扱いにさせておけば良かった。『日本も機雷掃海をしてくれ』と言っている。日本は現地で戦争状態に入って行かざるを得ない。戦争は小競り合いから始まる。自衛隊を派遣させない努力しかない。警察が緩んでいる。日本かテロの対象になる国になってしまった。」

 

 

 

村山富市元総理「阪神淡路大震災で初動の指示が遅かったという批判を受けた。充分な備えがなかった。国土庁も当直もいなければ何もない。通信網も途絶えた。災害は忘れた頃にやって来るというが、何時の間にか忘れている。国民全体が心がけを持って災害に対応できる備えが必要。『総理になれ』と言われた時、『官邸に行ったこともないし、与党になったこともないから駄目だ』と言った。総理になった時、亀井さんから『天命だ。腹をくくってくれ』と言われた。官邸に単身赴任。七十数名の社会党の委員長が、水と油の対立をしていた自民党と組んだ。戦後五十年の節目で私が総理になった必然性はあった。外交内政で未解決の問題を解決しようと思った。国会は議会制民主主義の機能を果たしていない。主権在民の国だから国民の意見が反映されなければ日本は危ない。昭和十九年に軍隊に入った。内地勤務。家は焼かれ、大分市は廃墟になった。戦争はしてはいけないと感じた。こういう誤りの原因は、軍が統帥権を乱用したからだ。集団的自衛権は間違いを起こす。私が社会党委員長になった時、後藤田正晴さんから昼食に誘われた。後藤田さんは『アリの一穴という言葉がある。これは危ないと思った時には勇気を以て止めなければならない』と言った。私と一致した。集団的自衛権はそういう危険がある。『平和憲法』七十年間、一回も戦争をしなかった。平和と繁栄があった。戦争は人殺しと破壊。それが手柄になる。平和が大事。総理の時、アセアン諸国を回ったが、中国・韓国と違って私を歓迎してくれた。『日本民族は素晴らしい。日本の援助でわが國の開発が進んだ』と言われた。イラクで六千人の米軍兵が死んだ。その結果イラクは収拾がつかなくなっている。核を持っていても使えない時代。戦争は人間を狂わす。世界に我が国の憲法の精神を説いていくべし。」

 

西部邁氏「七百年、千年に一回の自然災害が来るのは当たり前。東日本大震災の時、八十数歳の老婆が『こんな災害はあの戦争の記憶と比べたら何ほどのこともない。空襲で十万人焼き殺された。』と言った。計画的に東京都民十万人を焼殺した。そんなことをした国が『テロ反対』と言うのの後にくっ付いて行く日本はどうかしている。戦後アメリカ軍が入って来た。アメリカ軍の戦車に石をぶつけた私に、アメリカ軍の戦車は砲身をぐるっと回して狙いをつけた。そのおばあさんは『私の息子とその嫁も流された。一人残された私はこれ以上長生きして何の意味があるのか』と言っていた。人間の生死と家族の問題は密接につながっている。漁師である中年男性は『魚を獲るために大津波に向かって突進する』と言っていた。立派な漁師。『国よ助けてくれ』と言う前に、一人一人の人間が自分の生死をかけて突進するしかない。言葉として『危険』とか『危機』があるが、それを知らずして日本人は戦後を生きて来た。『何年かに一回の地獄は想定しておくべきだ』と言うべきだった。日本人は何もかも数字で予測できると考えている。軍事的予測で動くのが軍隊。日本は精神的におかしくなった。未来が確率的に予測できるのはほんのわずか。アメリカという歴史のない国は全てを計算し数量化しようとしている。モダンを近代と訳したのが間違い。モダンとは模型・モデルの意味。数量化の時代を近代と言う。危険と危機とは違う。危機は予測できない。親米愛国は駄目。『日本国憲法』はアメリカに逆らわせないために作ったもの。とくに九条は然り。『戦力を持たない。交戦権を保持しない』というのはマハトマ・ガンジーの言った事。しかしガンジーは不服従の精神。日本は服従の精神。講和とは平定のこと。強い者が弱い者を平定するとことが講和。歴史は『対支二十一カ条の要求』から始まったわけではない。東亜百年は欧米の侵略の歴史。長い歴史のスパンで見るべし。大東亜戦争はアメリカが日本を叩き潰したいために始まった戦争。アメリカが日本を戦争に引きずり込んだ。日本の自存自衛の戦争。アメリカの日本に対する侵略戦争。近代は、アメリカという強力な軍事大国との戦いの歴史。侵略出来る国が一等国で、侵略出来ない国が二等国の時代だった。歴史は百年のスパンで見るべし。」

 

         〇

村山富市氏の議論は旧態依然たる「反戦平和思想」。論ずるに値しない。「現行憲法が戦後の平和を守った」などというのは全くお笑いである。こういう思想が日本の平和と安全を危うくする。戦後日本の平和と独立を守ることができたのは、自衛隊と日米安保があったからだ。亀井静香氏は自民党権力の中枢から外された後、思想的に大きく変化したと思う。権力の中枢にいた人が反権力を唱えるようになった。西部邁氏の主張にはほぼ同感する。

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