« 千駄木庵日乗五月三十一日 | トップページ | 千駄木庵日乗六月一日 »

2015年6月 1日 (月)

わが国は、如何なることに関しても韓国に謝罪する必要はないし、補償する必要もない

 外交とは、それを司る人の愛國心・思考力、情報力、忍耐力、先見性、大胆さなどが試される。ナポレオンは、「外交とは華麗に礼装した軍事である」と言ったというが、「外交は血を流さない戦争」なのである。この観点から言えば、韓國・北朝鮮・共産中國に対して土下座外交を繰り返しているわが國の外交は負け戦を続けていると言える。

 

平成七年八月の『終戦五十年村山総理談話』の時に、わが國政府もマスコミも『これで歴史認識の問題にケジメをつける』と言っていたのに、全くそうはならなかった。

 

『終戦五十年村山談話』には、『國策を誤り戦争への道を歩んだ』とか『植民地支配でアジアの人々に苦しみを与えた』という恐るべき誤りが語られている。『心からお詫びの気持ちを表す』とも書かれている。このような言葉は一國の総理大臣が口にすべからざることであった。

 

安倍氏は、『終戦七十年総理談話』を出すようだが、それには『わが國は、連合國に資源を断たれ、自存自衛のために戦いを行い、植民地を解放し、アジア諸國の独立を達成した。アジア解放闘争に斃れた人々に感謝と鎮魂の意を表す』と書くべきである。

 

わが國の朝鮮併合が『植民地支配だ』というのは間違いである。朝鮮は日本の

植民地ではなかった。九州・四國と同じに考えられた合邦國家であった。だから朝鮮

総督府は内閣に直属していた。

 

 明治天皇が渙発あそばされた『韓國併合に付下し給へる詔書』(明治四十三年八月二十九日)に、「(朝鮮の・注)民衆は朕が綏撫の下に立ちて其の康福を増進すべし。産業及び貿易は治平の下に顕著なる発達を見るに至るべし。而して東洋の平和は之に依りて愈々其の基礎を鞏固にすべきは朕の信じて疑はざる所なり」と示されている通り、わが國には韓國・朝鮮を植民地にして韓国・朝鮮から搾取する考えは全くなかったし、事実、搾取も収奪も行わなかった。

 

 わが國が朝鮮半島において植民地搾取を行ったと言うなら、『数字』を根拠とするべきである。朝鮮統治三十六年間、朝鮮総督府の財政予算の一五~二0%は日本中府から補助を受けていた。『日本は朝鮮半島の土地を収奪し、人の命を収奪した』と言うが、日本統治時代に朝鮮の土地の利用価値・生産価値を高め、三十七年間の自然・社會環境の整備によって人口を倍増せしめた。

 

 十九~二十世紀にかけて『合邦國家』は、日本と朝鮮だけでなく、中南米・欧州にも多くあった。ノルウェーとデンマーク、チェコとスロバキア(これが一番日韓と似ている)、オーストリアとハンガリー、スコットランドとイングランドなどである。『合邦國家』の誕生は「侵略」でもなければ、「植民地支配」でもなかったのである。

 

 日本は韓国に対して賠償をしなければならないような不法行為は全くしなかった。しかるに、日本國及び日本国民は朝鮮統治時代に築いた莫大な財産を、戦後全て取り上げられた。

 昭和四十年締結の『日韓基本条約』には、「請求権に関して完全且つ最終的に解決した」と明確に書かれている。わが国は、如何なることに関しても韓国に謝罪する必要はないし、補償する必要もない。韓国政府及び韓国民の理不尽な要求は断乎として拒絶すべきである。

|

« 千駄木庵日乗五月三十一日 | トップページ | 千駄木庵日乗六月一日 »

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/121949/61676693

この記事へのトラックバック一覧です: わが国は、如何なることに関しても韓国に謝罪する必要はないし、補償する必要もない:

« 千駄木庵日乗五月三十一日 | トップページ | 千駄木庵日乗六月一日 »