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2015年5月26日 (火)

天皇を現御神と仰ぎ絶対の信を寄せることが日本の臣道

近年、國體護持・皇室尊崇の念を持つ人々による、皇室・皇族に対する「諫言・批判・苦言」が雑誌新聞などに発表される多くなった。尊皇愛国の精神篤い人は、天皇様や皇太子様が「自分たちの抱く天皇の理想像」あるいは「天皇様にはこうあっていただきたいという思い」と異なる御発言や御行動をされた時、天皇様や皇太子様を批判の思いを抱くことがある。心の中でそういう思いを抱くことはあるいはやむを得ぬことかも知れない。

 

しかし、天皇皇后両陛下をはじめ皇太子同妃両殿下などの御皇族方の御行動・御発言に対し奉り、雑誌・新聞などで色々と批判し苦言を申し上げることは如何なものであろうか。何か他の方法にて、諫言申し上げるべきではなかろうか。自分の意志や思想と一致する天皇を尊ぶことなら誰にでもできる。しかし、自分の意志や思想と異なる行動をされた天皇に対しても忠義を尽くし従い奉るのが真の尊皇であり勤皇である。そのことは、日本武尊の御事績・楠正成の御事績を見ればあまりにも明らかである。

 

久保田収氏は、「楠正成が、わが国史上の英雄として崇拝されて来たのは、その絶対尊皇の精神と行動にある。『太平記』四十巻の中で、近世の人々が最も感動深く読んだものは、正成の活動と忠誠とであった。正成が天皇の御召しを受けて参上し、力強く決意を申し上げたこと、千早の険に拠って、北条氏の大軍を向こうにまわして奮戦し、建武中興の糸口をつくったこと。『七生報国』の志を残して、湊川で戦死したことなど、正成が死生を超越し、一意至誠をもって天皇に捧げた純忠の精神は、読む人に深い感動を与え、正成への憧憬と、その志を受け継ごうとする決意とを生み出したのである。天和二年(一六八二)に亡くなった山崎闇斎の学問の流れを汲んだ若林強斎が、その書斎を望楠軒といって、楠公を崇拝する気持ちを明白にし、正成が『仮にも君を怨みたてまつる心おこらば、天照大神の御名を唱うべし』と申したということに感じて楠公崇拝の心をおこした、と伝えている。強斎は、このことばが『わが国士臣の目当』であると考え、正成を日本人の理想像として仰いだのである。」と論じている。(『建武中興』)

 

楠公の『仮にも君を怨みたてまつる心おこらば、天照大神の御名を唱うべし』こそ、わが国の臣民のあるべき態度である。天皇を現御神と仰ぎ絶対の信を寄せることが日本の臣道である。尊皇精神とは、日本国の祭祀主として神聖なる君主であられる天皇へのかしこみの心である。

 

村岡典嗣氏は、「歴史日本が創造した道徳的價値の重要なものとしては、尊皇道と武士道との二つを、擧げ得る。尊皇道徳は太古に淵源し、我が國體の完成とともに、而してまたその根柢ともなって成就したものである…そは即ち、天皇に對し奉る絶對的忠誠の道徳であって…太古人がその素朴純眞な心に有した天皇即現人神の信念こそは、實にその淵源であった」と論じている。(『日本思想史研究・第四』)

 

第二十三代・顕宗天皇はその父君・市辺押磐(いちのべのおしは)皇子を殺したまふた雄略天皇をお怨みになり、その御霊に報復せんとされて御陵を毀損しやうとされ、弟君・意祁命(おけのみこと)にそれを命じられた。だが、意祁命は御陵の土を少し掘っただけで済まされた。天皇がその理由を尋ねられると意祁命は「大長谷の天皇(註・雄略天皇の御事)は、父の怨みにはあれども、還りてはわが従父(をぢ)にまし、また天の下治らしめしし天皇にますを、今単(ひとへ)に父の仇といふ志を取りて、天の下治らしめしし天皇の陵を悉に破壊りなば、後の人かならず誹謗(そし)りまつらむ」(『古事記』)と奉答された。

 

如何に悪逆非道の天皇であると思っても、天皇に反逆してはならないというのがわが国の尊皇精神なのである。この絶対尊皇精神は太古以来の伝統である。

 

本居宣長は、「から國にて、臣君を三度諌めて聽ざる時は去といひ、子父を三たびいさめて聽ざるときは泣てしたがふといへり、これは父のみに厚くして、君に薄き悪風俗也。…皇国の君は、神代より天地と共に動き給はぬ君にましまして、臣下たる者去べき道理もなく、まして背くべき道理もなければ、したがひ奉るより外なし。なほその君の御しわざ悪くましまして、従ふに忍びずと思はば、楠主の如く、夜見の國へまかるより外はなきことと知べし、たとひ天地はくつがへるといふとも、君臣の義は違ふまじき道なり…然れば君あししといへ共、ひたふるに畏こみ敬ひて、従ひ奉るは一わたりは婦人の道に近きに似たれ共、永く君臣の義の敗るまじき正道にして、つひには其益広大なり。」(『葛花』)と論じている。

 

天皇は現御神であらせられ絶対的に尊ぶべき御存在である。もしも、万が一、天皇の御心や御行動が、自分の考えや思想や理想と異なることがあっても、天皇陛下をあからさまに批判する事は絶対にあってはならない。むしろ自らの祈りが足りないことを反省すべきである。楠正成公が言われた如く「仮にも君を怨みたてまつる心おこらば、天照大神の御名を唱うべし」なのである。

 

天皇陛下が間違ったご命令を下されたり行動をされているとたとえ思ったとしても、国民は勅命に反してはならず、まして御退位を願ったりしてはならない。どうしても従えない場合は自ら死を選ぶべきであるというのが、わが国の尊皇の道であり、勤皇の道であるということを本居宣長先生は教えているのである。

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