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2015年5月25日 (月)

『神皇正統記』の中核思想は尊皇である

『神皇正統記』の中核思想は尊皇である。建武中興の思想的背景を正しく論じた書で、神話の精神に回帰して日本國が神國である事が説かれてゐる。それは冒頭に、「大日本者神國也。天祖ハジメテ基ヲヒラキ、日神ナガク統ヲ傳給フ。我國ノミ此事アリ。異朝ニハ其タグヒナシ。此故ニ神國ト云也」と示されてゐる通りである。

 

『神皇正統記』は、正直・慈悲・智慧といふ倫理と神話時代からのわが國の道統とを合一して國史を論じた書物であると思ふ。北畠親房公は、「三種の神器」は正直・慈悲・智慧の三つの根本徳目を表現してゐると説かれた。

 

親房公は、「よそ政道と云事は…正直慈悲を本として決断の力有べきなり。これ天照太神のあきらかなる御をしへなり」と論じてゐる。

 

わが國の尊皇の精神と維新の道統すなはち國體精神はわが國独自の精神である。外来思想はわが國國體精神に合致する思想のみが受容された。そして、わが國體精神を説明し確認するために儒教・佛教が用いられた。「和魂漢才」とはかうしたことをいふのであらう。

 

親房公の目的は神話時代の精神と道統を回復し國體を明らかにすることであったが、親房公が儒教の影響も強く受けた事は確かである。徳富蘇峰氏は次の如くに論じてゐる。「『神皇正統記』を一読してもさえも、いかに彼(注・北畠親房公)が宋學の大なる感化を蒙りたるかを知ることができる。…およそ宋人ほど大義名分について、深く研究したる者はない。王覇の弁、正閏の別、すべて宋人の論議を尽して余蘊なきものである。…三種の神器論を持ち出し、南朝の正統であること宣揚したる所以のものは、宋人の論理そのものを使用したといわずんば、少なくとも宋人の精神、もしくは思索の傾向の感化を受けたることを看過することはできぬ。日本主義の宗師が支那の感化によって、その論陣を張ったということはいささか意外であるが、しかも事実はまったくその通りである。」(『明治三傑』)

 

一方、津田左右吉氏は次のやうに論じてゐる。「日本人の道徳に関する知識は概ね儒教によって指導せられて来たのである。しかし、日本人の道徳生活そのものは、古今を通じて、かういふ知識とは関係の甚だ浅いものであり、直接には殆ど影響を受けてゐない」(『役行者傳説考』)「我皇室が國民の血族上の宗家とする思想は、儒教の天子の観念とは全く相容れないものであるが、当時の人々は全く平気で儒教風の文字を連ねてゐた。これらは畢竟、儒教が文字上の教としてのみ取り扱はれてゐたことを示す」(『文學に現はれたる我が國民思想の研究』)

 

親房公は、儒教思想を借用して國體を論じたのである。それだけ親房公のみならず日本人は包容力があるといふことである。儒教は學問・知識として受け容れられ、借用もされたが、儒教を宗教として受容しなかったことは、我國に孔子廟の数が、神社仏閣の数とは比較にならないほど少ない事を見ても明らかである。

 

日本人はまた、儒教の普遍的な倫理思想は受け容れたが、「有徳王君主思想」とそれに由来する「易姓革命思想」は受け容れることはなかった。むしろ厳しく排斥した。日本人は包容力があったとはいへ、國體の根幹を破壊する思想はこれを受け容れなかったのである。

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