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2015年5月20日 (水)

天皇陛下が祭祀を行はせられ、天下を統治されるところを「都」と言ふ。

「大阪都構想」を掲げて戦った橋下徹大阪市長の主張が、十七日に行はれた住民投票で僅差とはいへ敗れ、廃案となった。「大阪都構想」は、大阪市を廃止し、その領域に特別区を設置するといふ構想であった。戦時中に行はれた東京府・東京市を廃止し東京都とした前例を参考にしており、大阪市等の廃止に伴ひ、大阪府などを行政区画上、「都」へ変更するといふものだった。

 

 「都」とは一体どういふ意義を持つのであらうか。天皇陛下が祭祀を行はせられ、天下を統治されるところを「都」と言ふ。天皇は祭祀主として神を祭り、國民の幸福・國家の平安・五穀の豊饒を祈られる。それを「まつりごと」といふ。そして、政治と祭祀は一体である。天皇の祭祀が行はれる「宮」のあるところであるから、「みやこ」と言ふ。

 

 天武天皇の御代までは「一代一宮の遷宮」といって、御代替りごとに皇居も新しく造営された。新たなる祭り主たる天皇が御即位になったら、宮も作り替へなければならなかった。新しき宮に新しき神霊が天降ると信じたからである。しかし、原則的には奈良盆地の東南すなわち大和地方の中に皇居が造営された。

 

 この習慣は、伊勢の神宮の式年遷宮に受け継がれてゐる。日本の伝統信仰・民族信仰の中心神殿たる伊勢の神宮は、二十年毎に式年遷宮が行はれ、神殿を新しく作り替へ、御装束・神宝が新調される。式年遷宮を大神嘗祭といふ。神嘗祭とは、その年にできたお米を伊勢の大神にお供へする行事である。新しい宮を造ることによって、祭られてゐる神の威力が更新し増大すると信じられてゐる。

 

 伊勢の皇大神宮は決して過去の遺物として残ってゐるのではない。わが國の古代民族信仰は今日ただ今も脈々と生き続けてゐる。他の國の古代民族信仰は、キリスト教や回教に滅ぼされて、神殿は過去の遺物となってゐるが、日本伝統信仰は、今日ただ今も日本人の生活の中に生きており、全國各地でお祭りが行はれてゐる。最新の技術を用いた建物などを建設する時も、地鎮祭や上棟祭が行われる。

 

 アメリカ大統領は聖書に手を置いて宣誓をする。イギリス國王はキリスト教會で即位式を行ふ。しかしそれらは民族信仰・古代からの伝統信仰に基づく行事ではない。日本天皇は、御自身が古代以来の日本伝統信仰・民族宗教の祭り主であらせられ、しかも「現行憲法」下においても、事実上の國家元首であらせられる。このやうな國はわが國だけであらう。だからこそわが國の國體を萬邦無比と言ふのである。

 

 天武天皇の御代になると、國家の運営や外國との関係、宮殿の規模や官僚機構の肥大化などにより、「一代一宮」の制度は、事実上困難になった。また大化改新の後、唐の政治法律制度を見習ったので、唐の都を模した都を建設することとなった。そして、天武天皇は、都を御一代毎に遷都するのではなく、恒常的な新京造営を計画された。持統天皇はその御遺志を継がれて藤原京を御造営あそばされた。藤原京の造営によって「一代一宮制」は廃止になった。

 

 ともかく、「都」とは、天皇が天神地祇をおまつりあそばされる「宮」のある聖地なのである。今日も、天皇陛下は、宮中に於いて、国民の幸福・五穀の豊穣・世界の平和・国家の安穏を祈る祭祀を行はせられてゐる。大阪に「都」といふ名をつけることは、我が国の歴史伝統を否定することになりかねなかった。その意味で、「大阪都構想」の廃案は良かったと思ってゐる。

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