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2015年5月27日 (水)

「不安、嫌惡、憎惡、嫉妬」が戦後日本全体を覆ってきた精神

 戦後日本は、「平和」「民主主義」「人権尊重」「生命尊重」「個の尊重」を最高の価値として押し戴いた。「平和」「生命尊重」は、國のために戦ふといふ「強者の思想」を否定し、武力は放棄する、國軍は持たないといふ「弱者の思想」である。國家の独立・平和・歴史・伝統、國民の生命、自由が侵略者から蹂躙されても、「戦争は無い方が良い、人命尊重だ」と言って、戦ふことを忌避する「弱者の思想」である。

 

 弱者であるから徒党を組む。即ち集團で運動をせざるを得ない。「赤信号みんなで渡れば怖くない」式の生き方しかできない。弱者は弱者なるが故に、常に「不安、嫌惡、憎惡、嫉妬」の対象を常に見つけ出し、あるいは作り出さずにはをれない。これが「いじめ」である。「いじめ」とは、小學生・中學生の専売特許ではない。

 

 「戦後民主主義・平和主義」の「守り手」・「弱者の味方」を以て任ずるマスコミは、「知る権利」「知らせる義務」とやらを振り回し、カメラやマイクを持って「不安、嫌惡、憎惡、嫉妬」の対象となってゐる特定の人物を「正義の味方面」をして追ひかけ回し責め苛む。これまで、かういふやり方でどれだけ多くの人々が血祭りにあげられ、「魔女狩り」の対象になってきたであらうか。小學生・中學生のいじめは、大人のかうしたやり方を真似してゐるのである

 

三島由紀夫氏は言った。「われわれは戰後の革命思想が、すべて弱者の集團原理によって動いてきたことを洞察した。…不安、嫌惡、嫉妬を撒きちらし、これを恫喝の道具に使ひ、これら弱者の最低の情念を共通項として、一定の政治目的へ振り向けた集團運動である」(『反革命宣言』)と。

 

 革命思想のみならず、戦後日本全体を覆ってきた精神全体が、「不安、嫌惡、憎惡、嫉妬」である。自分よりも富める者・幸福に見える者を憎み、嫉妬し、これを引きずり下ろさうといふ精神である。それを煽りつづけて来たのがマスコミである。

 

 

三島氏はさらに言ふ。「文學・藝術の故郷は非合法の行動の暗い深淵に求められていくことになるであらう。…法はあくまでも近代社會の約束であり、人間性は近代社會や法を越えてさらに深く、さらに廣い。かつて太陽を浴びてゐたものが日陰に追ひやられ、かつて英雄の行爲として人々の稱贊を博したものが、いまや近代ヒューマニズムの見地から裁かれるやうになった」(『行動學入門』)と。

 

 長い日本の歴史の中で、須佐之男命・日本武尊といふ神話時代の英雄、さらに中古中世の鎮西八郎為朝、源義経、さらに近世・幕末における赤穂四十七士、井伊直弼を撃った水戸脱藩浪士の行動、さらに大東亜戦争における特攻隊員を始めとした将兵たちの行為などは、「英雄」と讃へられてきた。しかし、戦後日本は、さうした英雄の行為を「非合法」「反ヒューマニズム」として裁き、「日陰」に追いやった。

 

 「武」は否定され、「生命の尊重」が最高の道徳とされ、「平和と民主主義」を謳歌してゐる今日の日本において、戦前どころか有史以来見られなかったやうな凶悪にして残虐なる犯罪、殺人事件が続発してゐる。

 

 三島由紀夫氏は、昭和四十五年十一月二十五日、市ヶ谷台上で自決された際の『檄文』で、「生命の尊重のみで、魂が死んでもよいのか」と訴へた。まさに、現代日本は「生命尊重」のみで魂が死んでしまひ、頽廃と残虐の時代になってしまった。そしてその事によってかへって人間の生命が尊重されなくなってゐる。

 

戦後日本の「魂の腐敗」と「國家の欺瞞」は、「軍國主義國家」であったとされる戦前の日本にはあり得なかったやうな、人命軽視といふ言葉すら空しくなるやうな、残虐なる殺人が日常茶飯事になった現代社會を現出させた。

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