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2015年5月23日 (土)

清らかさ・明るさを好む日本人のロマン精神は「海」への憧れと一体であった

呉善花氏は次の如くに論じている。

 

「島国の日本には古くから、海の彼方の国から幸せがもたらされるという信仰があったと知った。また、豊かな穀物の実りをもたらしてくれる神への信仰が、日本の祭りの根本にあり、また神社信仰の基盤となっていることを知った。そうした信仰のもとに共同体を形成し生活を営んできた歴史が日本にはあった。『皆さんのお蔭』の意識の底には、そうした信仰の伝統が流れていて、『自分の力』が『外部の威力』と無縁ではありえないという気持ちを形づくっている」(『攘夷の韓国 開国の日本』)と。

 

日本の「まれびと信仰」はその典型である。よそから来た人が美しいもの、良きものをもたらしてくれる素晴らしい事をもたらしてくれるという憧れの念というか好意というものを日本人は持っている。天上への憧れが「天孫降臨神話」を生み、海の彼方への憧れが「浦島伝説」を生んだ。古代において、多くの渡来人及び外来文化を受け入れたのもこういう感覚があったからであろう。

 

四方を海に囲まれている島国に生きる日本人にとって、海は実に身近な存在である。我々日本人が海の彼方へ憧れを抱いたのは自然である。それは海そのものへの憧れであると共に、海の彼方の「他界」への憧れでもあった。日本民族が太古に遥か北方や南方の海の彼方からこの日本列島に渡って来たらしい事が原因なのかも知れない。

 

 名も知らぬ遠き島より

 流れ寄る椰子の実一つ

 

 故郷の岸を離れて

 汝はそも波に幾月

 (中略)

 実をとりて胸にあつれば

 新(あらた)なり流離の憂(うれひ)

 

 海の日の沈むを見れば

 激(たぎ)り落つ異郷の涙

 

 思ひやる八重の汐々

 いづれの日にか国に帰らむ

 

 明治三十三年雑誌「新小説」に発表された島崎藤村の詩である。のち、大中寅二によって曲が付けられ、今日も多くの人々に愛唱されている。柳田国男が明治三十一年夏に愛知県の伊良湖に旅した時、椰子の実が流れ寄って来たのを見た体験を、藤村が聞き、詩にしたものという。椰子の実に託して、海の彼方の南の国へのロマン・望郷の思い、そして「流離の憂い」を表白した詩である。

 

たとえ南国に故郷の無い人間でもこの詩を読むと、何となく望郷の念にかられる。それは、日本人が、古来、「常世」(とこよ・この世の彼方即ち他界にある永遠の世界・理想の世界)への憧れを抱いていたからではあるまいか。

 

 「常世」とも「妣(はは) の国」とも言われる所は、海の彼方の憧れの国なのである。そこは、太平洋岸では日の昇る水平線の彼方であり、日本海岸では日の沈む水平線の彼方である。そこに、永遠の国・浦島太郎が老いなかった竜宮城があると信じたのである。

 

 昔々浦島は

 助けた亀に連れられて

 竜宮城へ来てみれば、

 絵にもかけない美しさ。

 

 文部省唱歌『浦島太郎』の一節である。海の彼方に不老不死の国があるという信仰が「浦島伝説」を生んだ。

 

 日本文学の起源と言われている「祝詞」にこの海への憧れが高らかに歌われている。

 

 「天下四方(あめのしたよも)の國には、罪と云ふ 罪は在らじと、…大海原に押し放つ事の如 く、遺(のこ)る罪は在らじと祓ひ給ひ清め給ふ事を、…瀬織津比姫(せおりつひめ)と云ふ神、大 海原に持ち出でなむ。如此(かく)持ち出で往() なば、荒鹽(あらしほ)の鹽の八百道(やほぢ) の、 八鹽道(やしほぢ)の鹽の八百會(やほあひ)に座() す、速開都比姫(はやあきつひめ) と云ふ神、持ち可 可(かか)(のみ)てむ…」(大祓詞)

 

 日本人の持っている「陸地の穢れたものはすべて海に流せば淨まってしまう」という信仰が『大祓詞』に歌われている。また、日本人はお淨めに塩を用いる。塩は海から取れる。海が清らかなところと信ずるがゆえである。清らかさ・明るさを好む日本人のロマン精神は「海」への憧れと一体であったのである。

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