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2015年5月 9日 (土)

北九州旅行記 その二

五月四日昼、連絡船に乗り、約十分で能古島へ。能古島は福岡市西区に所属する島で、博多湾の中央に浮かんでいる。東西二㎞、南北三・五㎞の南北に長いナスビ形の島で、全体が台地状を呈し、最高所の標高は一九五m。これまでの調査で弥生時代の遺跡や古墳群が見つかっているという。

 

島に着くと、対岸に福岡市のビル群が眺められる。自然豊かな島から大都会の高層ビル群が眺められるというとても珍しい光景である。バスに乗り、アイランドパークへ。能古島北部に広がる約十五万平方メートルの自然公園ある。初夏の日の下、名前は分からないが数多くの花々が咲いている。家族連れで賑わっている。岸壁の上から眺められる青き海、そして青い空、時々飛びゆく白き飛行機が、実に美しいコントラストを見せている。

 

『筑前国続風土記』には、神宮皇后が朝鮮出兵から御帰還あそばされる時、この島に住吉大神の御神霊を「のこしとどめられ」て敵国降伏を祈られたので、「のこの島」と言うようになったと記されてゐると言ふ。『萬葉集』には遣新羅使や海人(漁業に従事する人)の歌として、能古島の名が登場する。

 

『萬葉集』巻十六に、

 

沖つ鳥 鴨とふ船の 還り來ば 也良(やら)の崎守(さきもり) 早く告げこそ 

                                (三八六六)                    

(沖つ鳥・鴨に掛かる枕詞)鴨という名の船が帰って来たなら、也良の防人よ、早く知らせておくれ」。

 

沖つ鳥 鴨とふ船は 也良の崎 廻()みてこぎ來と 聞え來ぬかも 

                                (三八六七)              

(沖つ鳥)鴨という名の船は也良の崎を回って漕いで来たと知らせて来ないものだろうか、知らせて来てほしい」。

 

という二首の歌が収められている。これらの歌は「筑前國志賀の白水郎の歌十首」のうちの二首である。「白水郎」とは海人のこと。「也良の崎」とは、能古島の北端の岬のことである。

 

 天平八年(七三六)、新羅を目指した遣新羅使一行は、筑紫館(後の鴻臚館)を出発し、韓亭(別称能古の亭、現在の唐泊。福岡市西区宮浦付近。「亭」は船が停泊する所)に至り風待ちをした。韓亭は遣新羅使が寄港地であった。ここから半島や大陸に船が出航したといふ。韓亭(唐泊)で出航を待つ心情を綴った歌が次の歌である。

 

韓亭(からとまり)能許(のこ)の浦波(うらなみ) 立たぬ日は あれども家に 恋ひぬ日はなし (三六七〇)

「韓亭の能許の浦の波が立たない日はあっても私が家を恋しく思わない日はない」。

 

「能許」は能古島のこと。韓亭のすぐ前に見える。


風吹けば 沖つ白波 かしこみと 能許(のこ)の亭(とまり)に あまた夜ぞ宿(ぬ  る                               (三六七三)    

「風が吹けば沖の白波が恐ろしいので、能許の船着き場に幾夜も寝ているなあ」。

 

玄界灘が荒れているのでなかなか出航できないことを詠んでゐる。

 

このように、能古島のことが詠まれた歌が何首か『萬葉集』に収められてゐる。『日本書紀』に、天智天皇三年に、対馬・筑紫国などに、防人と烽火を置くと記されている。能古島北端の也良岬(やらみさき)に「防人」が配置され、敵の襲来や大陸から帰還した船が近づいたことを大宰府に知らせるために烽火台が設置されたという。

 

自然公園内の也良岬には、壹岐島の烽火台を参考にして烽火台が復元されている。そこから海の彼方を眺めると、約千三百年昔の萬葉時代のままの景色のように思えた。

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能古島自然公園

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烽火台(復元)

 

平安時代中期に編纂された『延喜式』(平安時代中期に編纂された格式。律令の施行細則)の「兵部式」には、島に馬牧があった旨の記述があるという。島の中心に残る古土手という土塁遺構は、馬牧の境界だったという。

 

五月五日午前、門司港見学。出光美術館、三井倶楽部などを巡る。時間がないため中に入ることが出来なかったのが残念。関門海峡を見るのは初めてのことで感激した。これほど幅が狭いとは思わなかった。

対岸に下関市が眺められる。第八十一代・安徳天皇を御祭神とする赤間神宮を遥拝。日清戦争後の講和会議が行われ『下関条約(日清講和条約)』が締結された「春帆楼」が眺められた。

 

新幹線で帰京。

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