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2015年4月27日 (月)

日本國の<立國の精神>について

 日本という國家には日本の長き歴史の中から生まれてきた日本独自の<立國の精神>というものがある。それは、日本列島の豊かな自然環境と共に生きる生活・風土の中から生成して来た。

 

 日本民族の生活の基本は稲作であり、日本人の主食は米である。古代から現代に至るまで、稲作を中心とした農事を営む人々が、五穀の豊饒を神に祈り、豊作を神に感謝する祭祀を行って来ている。

 

 祭祀を中核とする共同體の統率者(祭り主)は信仰的権威を担っている。古代にける祭祀の祭り主(共同體を代表して神に祈り、神の意志をうかがい知りそれを國民に告げる役目の人)を中心とする信仰的な血族関係即ち共通の祭祀と文化を持つ村落共同體が、民族共同體へと自然に発展し生成してきた國家が、日本國なのである。つまり、稲作文化が祭祀を生み、その祭祀の祭り主を中心とした共同體の生成が、日本という國家の成立である。 

 

 稲作に欠かすことのできない自然の恵みが太陽であり大地である。その太陽と大地を神として拝んだ。その太陽の神が天照大神である。また大地の神は國津神として祭られた。また稲穂そのものも神の霊が宿っているものとして尊んだ。そして、古代日本人は太陽を最も尊貴なる神として崇めた。それが天照大神である。

 

 天照大神をはじめとする天津神、そして大地の神である國津神、および稲穂の霊をお祭りされ、國民の幸福と五穀の豊饒を祈られる祭り主は、天照大神の御子即ち日の御子として國民から崇められた。これが即ち日本天皇であらせられる。天照大神は、太陽の神であるのみならず、天皇の御祖先でるあると信じられた。そして、祭り主たる天皇を稲作を営む古代日本人の共同體の連帯の中心として仰いだ。

 

 つまり、古代日本の統一は、日の御子たる天皇が行われる太陽神・天照大神の祭祀を頂点とし、その神聖なる権威が他の多くの地方の神々と祭祀を次第に全國的に統一されることによって実現したのである。つまり、古代日本の統一(日本國の生成)は、祭祀的統一である。各部族間の武力闘争はあったにしても、その有限的にして相対的な勝利は、最終的には神の祭祀によって聖化された。

 天皇による日本の祭祀的統一という歴史を背景として成立した日本神話には、天皇の御祖先である邇邇藝命が高天原から地上に天降られた時に、天照大神からの御命令(御神勅)が下されたと記されている。

 

 それには、「豊葦原の千五百秋(ちいほあき) の瑞穂の國は、これ吾が子孫(うみのこ)の王(きみ)たるべき地(くに)なり。爾(いまし) 皇孫(すめみま)、就() きて治() らせ。行矣(さきくませ) 。寶祚(あまつひつぎ)の隆(さか)えまさむこと、當(まさ)に天壤と窮まりなかるべし」(豊かな葦原で秋になると稲穂がたくさん稔る國は私の子孫が統治すべき地である。なんじ子孫よ、これから行って統治しなさい。元気で行きなさい。天の日の神の霊統を継ぐ者が栄えるであろうことは、天地と共に永遠で窮まりないであろう、というほどの意)と示されている。

 

 さらに、「吾が高天原に所御(きこしめす) 斎庭の穂(いなほ) を以ちて、また吾が兒(みこ)に御(まか)せまつるべし」(私の高天原に作っている神に捧げる稲を育てる田の稲穂を私の子に任せよう、というほどの意)という命令を下された。

 

 天孫降臨神話の意味するところは、穀物を実らせる根源の力である太陽神の霊力を受けた邇邇藝命が、地上に天降り稲穂を実らせるということである。それがわが日本の始まりなのである。そして、天照大神の神霊をそのまま受け継がれた生みの子たる邇邇藝命が永遠に統治される國が日本であるということを端的に表現しているのである。

 

 天邇岐志國邇岐志天津日高日子番能邇邇藝命(アメニギシ・クニニギシ・アマツヒコ・ヒコホノ・ニニギノミコト)という御名前は、「天地に賑々しく実っている太陽神の御子であり立派な男児である稲穂の霊の賑々しい命」というほどの意である。邇邇藝命とは、太陽神の御子であるとともに稲穂の神の神格化である。この國の人々の生命の糧である稲穂が毎年豊かに実るように、という古代日本人に共通する切なる願いが天孫降臨神話を生んだのである。

 

 その邇邇藝命の曾孫が神武天皇である。神武天皇の御名前は、神日本磐余彦火火出見尊(カムヤマトイハレヒコホホデミノミコト)という。磐余とは現在の奈良県桜井市の天の香具山の北東麓地域の古地名である。「火」は「ホ」と読み、「日」及び「稲穂」の意である。この御名前は、「神の國大和の磐余の首長である日の神の御子で稲穂がたくさん出て来る命」というほどの意である。

 

 つまり、神武天皇は、邇邇藝命と同じように太陽神たる天照大神の神霊と稲穂の霊の體現者なのである。そして神武天皇は、邇邇藝命が天照大神から受けた「日本國の統治」と「稲穂をたくさん地上に実らせる」という御命令を実現するために、九州より大和に来られて橿原の地に都をお開きになり、天皇に即位されたのである。これが日本國家の確立である。

 

 『教育勅語』に示されている「皇祖皇宗」の「皇祖」とは、天照大神及び邇邇藝命の御事であり、「皇宗」とは神武天皇をはじめとした御歴代の天皇の御事である。

 

 なお、『日本書紀』には、「辛酉年(かのとのとりのとし) の春正月(はるむつき) の庚辰(かのえたつ) の朔(ついたち)、天皇橿原宮に即帝位(あまつひつぎしろしめ)す」と記されている。『書紀』が神武天皇即位の日を正月朔日(むつきついたち)としているのは、むつき(正月)の始めにおいて、神も天地も人も新生するという上古以来の日本人の信仰の上に立っているのである。

 

 祭祀的統一によって成立した大和朝廷の最初の天皇が神武天皇である。神武天皇が実在したかどうかという議論があるが、悠遠の太古に行われた日本の祭祀的統一が、何年何月何日に行われたなどということが実証的にわかるはずがない。稲作日本の祭祀的・信仰的統一、そして祭り主・天皇を中心にした國民の精神的共同體の成立を體現する御方が神武天皇なのである。つまり、神武天皇の御東征の物語は稲作文化(弥生文化)が西(筑紫)から東(畿内)へと移って来たことを象徴しているのである。

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