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2015年4月21日 (火)

後櫻町天皇御製に拝する『天津日嗣』の御精神

第百十七代・後櫻町天皇は、

「まもれなほ伊勢の内外(うちと)の宮ばしら天つ日つぎの末ながき世を」

(どうかお護り下さい。伊勢の内宮外宮の神よ。天津日嗣日本天皇が統治する永遠の日本國を)

 

と詠ませられてゐる。

 

後櫻町天皇は、第百十五代・桜町天皇の第二皇女。江戸時代の宝暦十三年(一七六三)にご即位。

 

「天津日嗣」とは、「天照大御神の靈統を継承する御方」といふ意である。天皇の神聖性はここより発する。「日」は「天照大御神の神靈」の御事である。

 

わが國悠久の歴史は、現御神としての御自覚で君臨あそばされた大君と、天皇を現御神として仰いだ國民とがつくってきたのである。天皇は地上においては天照大神の靈統の継承者・御代理としての御資格を有される。この御製はそのご自覚を高らかに歌ひあげられた御歌と拝する。

 

影山正治氏は、「(天津日嗣は)『もっもと大いなる〈ひ〉を継ぎつづける日本國の中心の御方』といふ意味である。『生命』─『いのち』の核心は『ひ』であり、『人』は『日子(彦)』と『ひ女(姫)』に分れる『ひ止』であって『ひのとどまったもの』であり、『ひを継ぎつづけること』によってこそ存在するものであるが、そのうちでも、最も中心的な、最も大いなる『ひ』を継ぎつづける日本の中心をなす『大生命』が『あまつひつぎ─天皇』の御存在である。」(『天皇の御本質』・「不二」昭和五十五年緑陰号)と論じてゐる。

 

『人』としての靈統は、男女の差別は全くなく継承されるのである。現御神即ち地上に現はれられた生きたまふ神であらせられる上御一人を、生物學上の男女としてのみ拝することはできない。天皇が現御神であらせられるといふことは、たとへ肉身においては女性であられても、生物學上の一般女性とは異なる使命を有される。現御神として肉体上の男性・女性原理を超越した神聖権威を體現せられるのである。

 

平野孝國氏は、「(天津日嗣の)ツギの思想は、元来個人の肉体を超えて継承される系譜と思ってよい。ヨツギという形で後代まで変化しつつ残ったが、宮廷のツギは日を修飾にして、ヒツギと言ふ。日のみ子、或は日神の系図の義である。」(『大嘗祭の構造』)と論じてゐる。

 

「個人の肉体を超えて継承される系譜」と言っても、皇統に属するといふことが絶対の前提である。「男系であれ女系であれ、大嘗祭で天皇靈が降りてくれば天皇であるといふ議論は乱暴であり、それを容認するならば無法者が皇位を簒奪して大嘗祭をすれば天皇と認められるのであらうか」といふ議論がある。

 

しかし、皇祖皇宗の血統を継がれる皇族が即位の礼と大嘗祭を執行されることが絶対の前提であって、「皇位の簒奪を目論む無法者」が即位式や大嘗祭を執行できるはずがない。天照大御神の血統を継承される方が即位式を挙げられ大嘗祭を執行され皇位を継承されるのである。

 

神武天皇以来男系の男子が皇位を継承されてきた傳統はきはめて重い。従ってその傳統はでき得る限り守られなければならない。しかし、「男系の男子皇族が皇位を継承しなければ皇統が断絶する」といふことはない。「人」は、「日子」であり「日女」であるといふのが神代以来のわが國の傳統信仰である。

 

天皇は、先帝の崩御によって御肉體は替はられるが御神靈は新帝に天降られ再生されるのである。ただし新帝は、皇祖皇宗から血統を繼承された先帝の「生みの御子」でなければならない。

 

天皇は武力で空間を制圧して國家を治められてゐるのではなく、天照大神(太陽の神)の御子としての神聖なる権威によって治められてゐる。そしてその根幹は天神地祇を祭られる<天皇の祭祀>である。日の神信仰はわが國だけに傳へられてゐる信仰ではないが、稲作生活を営む日本民族にとって太陽はなくてはならぬ存在であるので、わが國では、日の神信仰(太陽信仰)はきはめて強固なものであった。その日の神の御子が祭り主日本天皇であらせられる。

 

天皇は國民を統率して、國民を代表して、神様に祈り、神を祭り、神の御命令を民に傳へる役目を果たされる。ゆへに、民から仰ぎ拝すれば、天皇は地上における神の御代理即ち現御神であらせられるのである。   

 

日本傳統精神は、天皇の祭祀を中核として今もなほその生命が傳へられてゐる。のみならず、現實に、今上天皇の常に民の幸福を祈られ自然の命を慈しみたもうご精神とご行動が、人心の荒廃と自然破壊を食い止める大きな力となってゐる。

 

日本國の君主であらせられ、祭祀主であらせられる天皇のご存在があってこそ、日本國は安定と平和が保たれる。今日の日本は醜い政治闘争が繰り広げられてゐる。亡國の淵に立たされてゐるかの如き状況である。しかし、天皇皇后両陛下の清らかなお姿を拝すると、心洗はれ、無上の安らぎを覚える。両陛下は、まさに「やまと心」・「無私の精神」の体現者であらせられる。天皇・皇室がおはします限り日本國は安泰であると信ずる。

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