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2015年4月 5日 (日)

日本の文化と支那の文化の違ひ

司馬遼太郎氏は「いま台北にいる。…歩道に段差が多く、あやうく転びそうになった。歩道は公道なのだが、どの商店も、自分の店の前だけは適当に高くしている。高さに高低がある。『〝私〟がのさばっていますな』と、冗談をいった。中國文明は偉大だが、古来、〝私〟の文化でありつづけてきた。皇帝も〝私〟であれば大官も〝私〟だったし、庶民もむろんそうだった。〝私〟を壮大な倫理体系にしたのが、儒教であった。孝を最高の倫理とするのはみごとだが、孝は身の安全と家族の平穏ということのみの願望になりやすい。近代中國の父といわれる孫文は、このことをなげいた。色紙をたのまれると、『天下為公』(天下をもって公となす)と書いた。また、その著『三民主義』の冒頭にも、〝中國人は砂だ、にぎってもかたまらない〟といった。〝公〟という粘土質に欠けていることをなげいたのである。」(「風塵抄ー台湾で考えたこと(1)公と私」全集六六)と論じてゐる。

 

支那の権力者は國家さへ私物化した。だから「天下爲公」といふ「標語」を掲げざるを得なかったのである。それは國民党だけではない。今日の「中國共産党」も同じである。毛沢東・朱徳が率いた中共軍の軍規が厳正だったといはれたのは権力掌握以前だけであった。中共の権力掌握後、毛沢東は支那といふ國を私物化し多くの同志・國民を虐殺した。

 

『古事記』の「序文」には、天武天皇の御即位を称へて「清原の大宮にして、昇りて天位に即(つ)きたまひ、道は軒后に軼(す)ぎたまひ、徳(うつくしび)は周王に跨(こ)えたへり」(飛鳥の清原の大宮において、天皇の御位におつきになり、その道徳は黄帝以上であり、周の文王よりもまさっていました、といふ意)と記されてゐる。日本民族は、天武天皇の御代に支那古代の帝王よりも日本天皇が「道義」においてすぐれてゐるとの自覚を持ってゐたのである。

 

日本人は「無私」を尊ぶ。「公」の体現者であられる天皇に自己を無にして仕へることが日本の道義精神の根本である。「無私」の心をもっとも体現しておられるお方が、祭り主・日本天皇であらせられる。なぜなら「まつり」とは、神に対して私を無くしてまつろひたてまつる行事であるからである。

 

支那などの外國と比較して、日本くらい政治家・官僚の権力の私物化・権力を利用した私益の追求を嫌ふ國はないのではなからうか。「明き淨き直き誠の心」こそ、わが國の道義心の根本である。天皇は現御神として天の神の御心を地上で實現されるお方であり「道義精神の鏡」であらせられる。

 

支那及び支那人を蔑視してはならない。しかし、支那及び支那文化に対してみっともない劣等感を抱く必要はさらさらないのである。わが國は、支那や朝鮮から多くの文化・文物を輸入した。しかし、その属國となることはなかった。今後の日本もさうであらねばならない。

 

「祭りの精神」が、アジアそして世界に広がれば世界の真の平和が實現する

心配なのは、共産支那の内部崩壊である。それは共産党一党支配といふ政治体制の崩壊であると共に、否、それ以上に、支那人が唯物主義・営利至上主義に侵され、利益の追求のみに狂奔し続けて、自然が破壊され、人々の心が荒廃し、國土は荒廃し、それが大動乱大破壊へと突き進むのではないかといふことである。

 

橘曙覧(幕末の歌人・國学者。越前國(福井県)の人。王政復古を希求。萬葉調の気品ある歌を詠んだ)は次のやうに歌った。

 

利(くぼさ)のみむさぼる國に正しかる日嗣(ひつぎ)のゆゑをしめしたらなむ

 

この歌について折口信夫氏は、「彼の夷狄らは利を貪り、利を營むことにのみ汲々としてゐるが、其故にこそ、王者の興亡が常ならぬのである。正しい皇統の連綿としておはす故を、彼らにしらしめてやるがよいと言ふ…夷狄の、利に敏いことを聞いて、又人に諭したのだ。さう言ふ外國人などとの通交に、わが國が不利益な立場にばかり立ってゐた事を知ってゐたのである。」(『橘曙覧評傳』)と論じてゐる。

 

支那は今や曙覧が言ふ「利のみ貪る國」になり果ててしまった。鄧小平以後の共産支那の基本路線である「社会主義市場經濟」「改革開放」とは、「利を貪る路線」である。環境破壊や貧富の格差を顧みず外資に依存したこの路線はやがて破綻すると見る人が多い。自然の荒廃は人心の荒廃につながるし貧富の差の拡大もまた民衆の心を荒廃せしめる。   

 

祭祀とは、自己を無にして神に合一する行事である。自然と祖靈を神として崇める古代祭祀國家の信仰を祭祀といふ生きた行事で今日においても継承してゐるわが國こそ、荒廃した支那を救済する原理を有してゐるのである。決して中國に対して卑屈になったり自虐的になってはならないのである。「祭りの精神」が、アジアそして世界に広がれば世界の真の平和が實現すると信ずる。

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