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2015年4月28日 (火)

「村山談話」の否定は国家緊急の課題である

 

平成七年八月十五日の「戦後五十周年記念式典」に際して、第八十一代内閣総理大臣の村山富市が、閣議決定に基づき発表した声明「戦後50周年の終戦記念日にあたって」(一般に村山談話として知られる)は悔いを千載にのこす亡国談話である。

 

『村山総理談話』には、次のようなことが書かれている。「……私たちは過去のあやまちを二度と繰り返すことのないよう、戦争の悲惨さを若い世代に語り伝えていかなければなりません。……わが国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。私は、未来に過ち無からめんとするが故に、疑うべくもないこの歴史の事実を謙虚に受け止め、ここにあらためて痛切な反省の意を表し、心からおわびの気持ちを表明いたします。また、この歴史がもたらした内外すべての犠牲者に深い哀悼の念を捧げます。敗戦の日から五十周年を迎えた今日、わが国は、深い反省に立ち、独善的なナショナリズムを排し、責任ある国際社会の一員として国際協調を促進し、それを通じて、平和の理念と民主主義とを押し進めていかなければなりません。……」。

 

これは、大東亜戦争に至るまでのわが国の国策を“誤りであった”と断罪した文字通り売国的談話であった。この『村山談話』はわが国政府による「謝罪意志」の表明である。これがその後、わが国の歴史教育の内容に対する他国からの内政干渉を誘発することとなり、また、日本の招来を担う子供たちをはじめ多くの国民に、誤った歴史を教え、支那韓国などへのいわれなき罪悪感・贖罪意識・負い目を持たせ続けることになった。このことが、国民の多くが自国への誇りや正しい道義心を持つことができなくなっている原因となっている。

 

「遠くない過去の一時期」とは一体何時から何時までのことを指しているのか。東京国際軍事裁判という名称の勝者による敗者への復讐劇では、昭和三年から二十年までの十七年間のわが国について断罪されたが、「村山談話」の「一時期」とはこの時期を指すのか。そうだとすれば「村山談話」は、いわゆる東京裁判史観に支配されていることになる。

 

「東京国際軍事裁判」は、“法の真理”に照らして完全に間違ったものであった。「平和と人道に対する罪=侵略戦争遂行の犯罪」「共同謀議の罪」を新たに作り、勝者が敗者を問答無用的に断罪した。しかし、そもそもそのような概念は、戦争が開始された時にも、終戦時にも、裁判後にも定着しなかった。

 

東京国際軍事裁判は、人類の貴重な法文化たる法原則=「罪刑法定主義」の原則に全く反して被告を断罪した。つまり、裁判とは名ばかりの非常の野蛮で公平性を全く喪失した戦勝国による一方的な復讐劇=リンチが東京国際軍事裁判であったのである。

 

「村山談話」には「国策を誤り」などと書かれているが、昭和三年から二十年までの十七年間に、総理は十四人、内閣は十五も成立しては倒れという状況であるから、一貫した国策など立てられるわけがない。文民と軍、陸軍と海軍の相剋も激しかった。したがって、共同謀議などということもあり得なかった。

 

「植民地支配」とは、わが国の台湾及び朝鮮統治のことであるが、わが国の統治によって「多大の損害と苦痛」を与えたという事実はない。むしろその逆に、わが国の統治によって台湾及び朝鮮は近代化を遂げ発展したのである。

    

明治維新を断行したわが国は、まず李朝朝鮮を援けて清国の侵略を排除した。また朝鮮半島を保護下に置こうとしたロシアを撃破した。この二つの戦いが日清・日露両戦争である。

 

当時の韓国が独立国家として自立していればわが国は、日清・日露両戦争をする必要もなかったし、朝鮮を併合する必要はなかったのである。しかし、朝鮮が支那やロシアに対して事大主義(支那・ロシアという勢力の強い国に従って言いなりになること)に陥り、支那・ロシアの属国となってしまう危険があった。朝鮮半島がロシアの支配下に入れば、次は日本てある。朝鮮併合はわが国の独立と自存のための止むを得ざる選択であったし、当時の国際世論の認めるところであった。

 

併合後は、わが国の指導と投資により、南北縦貫鉄道の施設、多角的港湾の設定、多種多様の殖産興業、教育の普及、保健衛生施設の拡充、水利灌漑施策の充実等々、近代化建設はめざましいものがたった。これは台湾も同様である。つまり、台湾及び朝鮮統治は西欧列強の植民地支配とは全く異なる性格のものである。 

 

また他のアジア各国・各民族も日本の進出による西欧列強の排除によって、独立を達成することができたのである。 

 

世界の中で、政府及び国会が自国の近代史を侵略の歴史であったと表明した国はわが国のみである。侵略というのなら、英・仏・露・オランダなどは何百年もの間、侵略をくり返してきた。彼らのしたことと比べれば、わが国の台湾及び朝鮮統治非常に短期間であった。そして東南アジアへの進出は植民地支配をしていた欧米列強を排除するための軍事進攻であった。政権・軍閥が並立していた支那大陸への軍事進攻は、独立主権国家の領土を侵した行為ではない。

 

「痛切な反省の意を表し、心からおわびの気持ちを表明」しなければならないような「多大の損害と苦痛を与え」た「戦争犯罪」をしでかした国は日本ではない。戦争犯罪の最たるものといえば、非戦闘員を大量に虐殺した広島、長崎の原爆投下であり、東京大空襲のである。しかし、アメリカが一度でもわが国に対して謝罪したことはない。

 

日本国民が敗戦以来七十年にわたって日本民族の名誉・祖国に対する誇りを喪失しているからこそ、今日のわが国の政治は混迷し、外交は自主性を失い、国防体制は整備されず、教育と道義は荒廃しているのである。

 

大東亜戦争侵略史観の払拭し、大東亜戦争は、自存自衛の戦いであり、アジア・アフリカ民族に民族としての自覚と名誉への回復の可能性を与え、ナショナリズム勃興の引き金となった聖なる戦いであった、という正しき歴史認識を確立しなければ、わが国の再生はあり得ない。いわゆる「村山談話」の否定は国家緊急の課題である。

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