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2015年3月12日 (木)

昭和天皇の終戦時・終戦直後おける御聖徳

昭和天皇は、大東亜戦争末期、広島と長崎に原爆が投下され、ソ連が参戦し、愈々以って本土決戦しか戦ふ道がなくなった時、「自分の身はどうなってもいい。ただ民を救ひたい」との大御心から、決然として『ポツダム宣言』受諾の御聖断を下された。あのまま戦争を続けてゐたなら、わが國土は文字通り焦土と化し、大多数の日本國民が死に絶えたであらう。それを救はれたのが昭和天皇なのである。この尊い事実を我々日本國民は永遠に忘れてはならない。その時の尊いご心境を昭和天皇様は次のやうに歌われてゐる。

 

爆撃にたおれゆく民の上をおもひいくさとめけり身はいかならむとも

 

身はいかになるともいくさとどめけりただたおれゆく民をおもひて

 

國がらをただまもらんといばら道すすみゆくともいくさとめけり

 

昭和天皇は、國のため民のためならご自身はどうなってもいい、といふまさに神のごとき無私・捨身無我のご心境で戦争終結をご決断あそばされたのである。ここに、つねに國の安泰・民の幸福・五穀の豊穣を神に祈られる祭主・日本天皇の現御神としての御本質を仰ぐ事ができる。マッカーサーとのご会見において、この捨身無我の神のごとき大御心が発現したのである。

 

さらに大事なのは、「国がらをただまもらんと」と歌はれていることである。わが国は、ただ単に領土と国民と主権さえあればいいといふ、普通一般の国家ではないのです。日本独自の国柄すなわち、神代以来・建国以来の天皇を中心とする國體というものが正しく継承されていなければ日本国とは言えないのである。国柄を守ること無くして真の日本国の存続はあり得ないのである。

 

夜久正雄氏は、「天皇様は『国がら』を守りぬかれたのである。この天皇様のお心にしたがふことが、国民の側からの『国柄』である。天皇さまが国民のうへを思ひくださるお心をあふいで感奮する、その心の中に、日本の国の国がらがあるのである。」(『歌人・今上天皇』)と論じてゐる。

 

たしかに領土も国民も主権も大切である。しかし、日本のやうに三千年の伝統を有する国は、その長い歴史と伝統と文化の核であるところの国柄・國體というものが破壊されてしまったら、たとへ領土と国民と主権が維持されても、日本は日本でなくなるのである。

 

昭和天皇が「国柄をまもらん」とお歌ひになったのは、このかけがへのない日本国の國體が護持するために、たとへどのような苦難があらうとも茨の道を進んでいくとのご決意を示されたものと拝する。

 

「国柄を守る」とは、昭和天皇御一身の地位の安泰を意味するのでは全くないことは、「いばら道すすみゆくとも」と歌はれていることで明白である。昭和天皇は、ご自分が戦犯として処罰されても、天皇を君主と仰ぐ国柄・國體が護持されればよい、とのご信念で終戦を決意されたのである。有難き限りである。

 

昭和天皇は、國民を鼓舞激励し、祖國の復興を成し遂げるために、昭和二十一年二月二十日より二十九年まで満八年半をかけて、行程三萬三千キロ、総日数百六十五日間の地方御巡幸を行はせられた。それは昭和天皇の「國見」であったと拝する。「國見」とは、國土と國民の祝福し、國土の豊饒と國民の幸福を祈る祭事である。昭和天皇は、敗戦によって疲弊した國土と國民の再生のための「祈りの旅」を行はせられたのである。

 

昭和天皇は、「戦災地視察」と題されて次のやうなお歌を詠ませられた。

 

戦のわざはひうけし國民をおもふ心にいでたちて来ぬ

 

わざはひをわすれてわれを出むかふる民の心をうれしとぞ思ふ

 

國をおこすもとゐとみえてなりはひにいそしむ民の姿たのもし

 

鈴木正男氏は、「敗戦國の帝王が、その戦争によって我が子を亡くし、我が家を焼かれ、その上に飢餓線上をさ迷ふ國民を慰め励ます旅に出かけるなどと云ふことは、古今東西の歴史に絶無のことであった。アメリカをはじめとする連合軍は、恐らく天皇は國民から冷たく迎へられ、唾でもひっかけられるであらうと予想してゐた。ところが、事実は逆であった。國民は熱狂して天皇を奉迎し、涙を流して萬歳を連呼した。…天皇の激励によってストは中止され、石炭は増産され、米の供出は進み、敗残の焦土の上ではあったが、國民は祖國再建の明るい希望に燃えて立ち上がった。」(『昭和天皇のおほみうた』)と論じてをられる。

 

昭和天皇は、ご生涯をかけて日本國の天皇としての御使命を果たされたのである。それはただただ國民の幸福と平和の実現であった。そして昭和天皇が退位されずそのつとめを果たされたからこそ、戦後日本の復興と國民の幸福があり得たのである。

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