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2015年3月21日 (土)

『横山大観と近代日本画の巨匠たち展』参観記

今日参観した『横山大観と近代日本画の巨匠たち展』は、「その生涯をかけて新しい日本画の創造を担ってきた近代日本画の巨星、横山大観。京都画壇の大立者として四条派に諸派や洋画の研鑽までも加えて独自の画風を確立した、竹内栖鳳。そして奇しくも栖鳳の師である幸野楳嶺、大観の師である橋本雅邦の両名に師事し、自然と人の営みを漂う詩情のもと描いた川合玉堂。この三人は、近代の日本画壇において、まぎれもなく重要な役割を果たした巨匠と呼べるでしょう。さらに見逃せないことは、彼らに薫陶や影響を受けた後輩・門下たちが次の日本画壇の中核となっていったことです。今回の展示では、横山大観をはじめ新たな日本画の創造と開花に取り組んだ、近代日本画壇の巨匠たちの佳作をご覧いただきます」(案内文)との趣旨で開催された。

 

横山大観《白鷺ノ図》《大正大震災火災》《葵》・下村観山《竹林賢人》・木村武山《光明皇后》・安田靫彦《春雨》・小林古径《平重盛》・小茂田青樹《四季花鳥》・上村松園《惜春之図》・速水御舟《梅花馥郁》・伊東深水《美人図》・荒木十畝《秋江水禽図》・川合玉堂《渓村秋晴》などが展示されていた。どれも美しく、見事な作品であった。私は、日本画が好きで、大観・玉堂・松園の作品は特に好きである。大観の《大正大震災火災》は小さな作品であるが、紅蓮の炎が帝都を焼いている様子が描かれていた。五重塔が遠景になっているが、大観の住まいが池之端であったことを考えれば谷中天王寺か浅草寺であろう。同じく《葵》という作品は、水戸徳川家当主徳川光圀によって開始され、光圀死後も水戸藩の事業として二百数十年継続し、明治時代に完成した『大日本史』全十七巻が(神武天皇の御代から後小松天皇の御代までの史書) 昭和四年に大日本雄弁会講談社から刊行された時、装幀に描かれた絵である。横山大観は水戸出身で、水戸藩士・酒井捨彦の長男として明治元年生まれた。日本近代を代表する尊皇愛国の大日本画家である。上村松園の美人画はとても美しく品格がある。美人画は多くの画家によって描かれているが私は松園の作品が一番好きである。

 

講談社は、その発祥の地が、私が今住んでいる千駄木三丁目(当時の町名は駒込坂下町)であるので、親しみを感じている。発祥の地は今講談社の社員寮になっている。幼少の頃講談社発行の偉人伝や英雄伝をよく讀んだ。近所に講談社に勤めている人がいたので少し割引きで買う事が出来た。また今は、「講談社学術文庫」の本の多く持っている。

 

講談社は、戦前は私設文部省と言われるくらいに、青少年向けの書籍を発行し大発展を遂げ、駒込坂下町から音羽に移転した。野間記念館は、講談社の創業者・野間清治が、大正期から昭和初期にかけて収集した美術品を主体とする「野間コレクション」である。また建物も野間邸跡と聞いている。目白の椿山荘の隣にある。

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講談社野間記念館の庭

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