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2015年3月 7日 (土)

どうして「戦後」は終わらないのか

戦後七十年を経過しても、いまだに戦後と言われているのは不思議に思えてならない。どうして戦後は終わらないのであろうか。ある友人は、日本がもう一回戦争をすれば「戦後」は終ると言った。なるほどと思った。

 

「平和を欲せば兵を養え」という言葉がある。「平和を望むのなら軍備を怠るな」という事を全否定しているのが『現行占領憲法』である。「現行占領憲法」をを否定することが戦後からの脱却だと思う。

 

幕末以来、今日にいたるまで日本は外圧に押されつづけて来たと言っても過言ではない。同時に外圧への対抗がわが国の発展の原基であったとも言える。それは、明治以後のみならず、古代の「白村江の戦」以来の歴史である。

 

近代の歴史は戦争の歴史であった。明治維新以来の百五十年は太平洋の覇権を誰が握るかの歴史だった。「外圧」は、戦後七十年を経過してまた一段と活発になっている。

 

「戦後レジーム」からの脱却とは、アメリカの軛(くびき)から脱すること、即ち、占領憲法否定・自主防衛体制確立・歴史問題の解決だとおもう。しかし、アメリカはそれを許すであろうか。日本はアメリカには逆らえないでのであろうか。そうすると七十年以上を経過しても、さらに長く、戦後は終わらないということになる。

 

アメリカは日本が言いなりになっているときは、大変に友好国であり「いい国」なのだが、そうでなくなると牙をむく。今後の日米関係は、どうなるか、どうすべきか。これも問題である。今後の日本は米国と共産支那との狭間にあって、太平洋の覇権獲得戦にどう対処すべきかが大きな課題である。

 

 

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