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2015年3月16日 (月)

台湾人元日本兵の文章及び遺詠を拝読して

台湾人日本兵の中には戦犯として処刑された方もいる。昭和二十三年六月二十三日、蘭印(現インドネシア)グロドックにて殉難した陸軍軍属・董長雄氏(日本名・玉峰長雄氏)は、次のような辞世と遺書を残した。

               〇

「本職は台湾人である。そして國家の所属が変っても、本職は日本軍人として死んでいき度いのである。若し此の裁判が『正義の爲』と言はずして報復と呼稱せば本職は死刑にされても何をか言はむ。そして刑務所内に於ける彼等が我々に対する虐待は如何、特に平和時に於てである。何が正義! 何が裁判だ!」(『大東亜戦争殉難遺詠集』)

 

「                           陸軍軍属(通訳) 玉峯長雄命 台湾名董長雄

昭和二十三年六月二十二日 ジャワ、バタビア、グロバックにて法務死

          台湾高雄州潮州郡枋山庄楓港出身 

          ジャワボコール第十六軍憲兵隊所属

 

 前略 本職は台湾人である。あるが故に一身を捧げ妻子を犠牲にして法廷に於て最後の一線を守り、そして散るのである。日本のためを思って終始一貫の信念を守って戦ったのである。そして國家の所属が変っても、本職は日本人として死んでいき度いのである。

 若しこの裁判は「正義のため」と言はずして「報復」と呼称せば本職は死刑にされても何をか言はむ。何が正義だ! 何が裁判だ!                   

 最後の御願ひに将来大日本帝國が復興せば、どうか本職の一子董英明を政府に於て日本教育を恵み給はらん事を御願ひ申し上げます。

 昭和二十三年二月十九日

                          於チビナン刑務所死囚房 玉峯長雄

 

  遺詠

惜まれて吉野の花の散るごとく散らましものをますらを吾は

たはけ奴の 撃つ十發は 男の子吾が 胸板貫くとも まことは貫けじ

 

             〇      」

 台湾人にして、かくほどに純粋なる大和魂を体得し刑死せられた方の遺書に、涙を禁じ得ない。我々は台湾人への感謝と信義を忘却してはならない。しかるに亡国野党そしてマスコミ・経済界などのやっていることは何か。日本や台湾そしてアジア諸国を軍事的に恫喝し侵略しようとしている支那共産政府に媚を売ることばかりではないか。靖國神社問題にしても台湾に対する姿勢にしても、まさに日本は未だに真の独立を回復していないことを証明するのである。

 

「裁判は『正義のため』と言はずして『報復』と呼称せば本職は死刑にされても何をか言はむ。何が正義だ!何が裁判だ!」という血を吐くような叫びは殆どの昭和殉難者(いわゆる戦犯者)が抱いた共通の思いではなかろうか。「戦犯がまつられているから靖國神社に参拝するのはおかしい」などという考えは全く間違っている。

 

大東亜戦争において台湾の人々は誇りを持って日本軍兵士として戦ってくれた。大東亜戦争に従軍した台湾人軍人は八萬四三三名、軍属と軍夫は十二萬六七五〇名で、合計二〇萬七一八三名であった。そして戦死および病死者は三萬三〇四名となっている。(厚生省援護局資料)

 

昭和十六年、台湾で徴兵制が実施されると、千名の採用者に対して実に六十萬人もの志願者が殺到し、台湾軍司令部に数多くの血書、嘆願書が提出されたという。(黄文雄氏著『大東亜共栄圏の精神』による)

 

「高砂義勇兵」として出征した高雄州潮州郡バクヒョウ青年団長ダリヤン氏は、

「テンノウヘイカバンザイ。私ハ日本ノ男デス。大和ダマシイガアリマス。ドンナニクルシイコトデモ、テンノウヘイカノタメクニノタメナラクルシイトハオモヒマセン。グンプニシテクダサイ」と書いた。(王育徳先生著『台湾-苦悶するその歴史』)

と書いた。

 

玉峯長雄・ダリヤン両氏の文と歌は涙なくして読むことはできない。台湾人に対して無上の感謝の誠を捧げずにいられない。我々日本人は、かつての同胞に対する信義の上からも、民族自決の大義の上からも、共産支那による「台湾統一」という名の台湾侵略支配を阻止し、台湾独立を支持しなければならない。

 

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