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2015年3月 8日 (日)

和歌は日本民族の「まごころ」のしらべである

 

明治天皇は、

 

「世の中のことあるときはみな人もまことの歌をよみいでにけり」

「天地をうごかすばかり言の葉のまことの道をきはめてしがな」

「まごころをうたひあげたる言の葉はひとたびきけばわすれざりけり」

 

と詠ませられてゐる。

 

 

『うた』の語源は、神様に何事かを「訴へる」といふところから来てゐる。神に自分の心・神への願ひ事を訴へることが歌の起源である。

 

わが國の文藝の起源は神への祭祀における舞ひ踊りと共に歌はれた「歌」であることは、出土してきてゐる土偶によって分かるといふ。

 

ことばを大切にしことばに不可思議にして靈的な力があると信じたがゆへに「言霊のさきはふ國」といはれるわが國においては、歌は何よりも大切な神への捧げものとされたのである。それが祝詞となったのである。祝詞も声調・調べが整ってゐる。

 

日本の古代信仰のみならずあらゆる宗教において神や仏に対して祈りを捧げたり経典を読誦したり、特定の言葉を唱へることが基本的行事である。すべて言葉を唱へる行事である。祈りとは、経典や聖書、祈りの言葉そして題目や念仏も同じである。

 

歌をはじめとした日本文藝の起源は、神への訴へかけである。和歌は神聖な文藝であると考へられていた。神に対してだけでなく、恋人や親や死者など他者に対する何事かを訴へかけが、日本文藝の起源なのである。

 

他者に対して何事かを訴へるものが「歌」であり、何事かを語りかけるものが「物語」である。

 

『古今和歌集』の「仮名序」は、和歌とはいかなるものであるかが説かれた基本的な文献と言ってよい。これは紀貫之が執筆した。それには、

 

「やまと歌は、人の心を種として、よろづの言葉とぞなれりける。世の中にある人、ことわざ繁(しげ)きものなれば、心に思ふことを、見るもの聞くものにつけて言ひ出(いだ)せるなり」(やまとうたは、人の心を種にたとへると、それから生じて出た無数の葉のやうなものである。この世に生きてゐる人は、様様な事に遭遇するので、心に思った事を、見た事聞いた事に託して言い表はすものである)

「力も入れずして天地(あめつち)を動かし、目に見えぬ鬼神(おにがみ)をもあはれと思はせ、男女(をとこをんな)の中をも和(やは)らげ、猛(たけ)き武士(もののふ)の心をも慰むるは歌なり。」(力を入れないで天地を動かし、目に見えない鬼神をも感動させ、男女の間をも和ませ、猛々しい武士の心をも慰めるのが歌である)

 

と書かれてゐる。

 

『萬葉集』の九十五%が、短歌(五・七・五・七・七)である。短歌形式を古代日本人は、自分たちの抒情の文藝形式として獲得した。『記紀』『萬葉』以来今日まで千数百年にわたって、短歌形式が日本人の生活の中に生きてきて断絶がなかったゐるといふ事実が非常に重要である。それだけ、「五・七・五・七・七」の短歌形式には魅力があり、日本人の心を表現する形式として非常に適していたといふことになる。

 

明治天皇は、

 

「鬼神も泣かするものは世の中の人のこころのまことなりけり」

 

と詠ませられてゐる。

 

「鬼神の」の御製は、歌の力の偉大さを論じた『古今和歌集』の「仮名序」を踏まへられてゐると拝する。この御製で大事なのは、「人の心のまことなりけり」と示されてゐることである。和歌が単なる文藝作品で文藝作品なら虚構が許されるが、歌はさうではない。「人のこころのまこと」を歌はねばならない。自分の本当の心・素直な心・そのままのこころ・まごころを歌はねばならない。それが「五・七・五・七・七」と形式で表白され、読んだ人・聞いた人の魂を動かすといふのが「やまとうた」の本質である。

 

「天地(あめつち)を動かし、目に見えぬ鬼神(おにがみ)をもあはれと思はせ」といふのは決して誇張ではなく、古代・中古においては本当にそう信じられてゐたのである。

 

つまり歌を詠むのは、魂鎮め・鎮魂の行事である。和歌は、ふつふつと湧きあがってくる素直なる心・色々な思ひ・魂の叫びを三十一文字にして固め成して鎮める働きをする。人間のまごころを表白する抒情詩である。日本民族の人智のさかしらを超えた「まごころ」のしらべである。

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