« 千駄木庵日乗二月二十一日 | トップページ | 四宮政治文化研究所発行・『政治文化情報』平成二十七年三月号のお知らせ »

2015年2月22日 (日)

近代日本の矛盾克服と日本の傳統信仰の復興

村尾次郎氏は、「(日露戦争に勝利した日本は)敗戦国と同じやうに緊張のほどけたあとの弛緩と退廃に流され、これまで表に出せなかった不平や反感が露骨化して、一種の社会不安をかもし出していた」(『明治天皇のみことのり』)と論じてゐる。

 

勝者の奢りが出てきた反面、精神が弛緩し軽佻浮薄の風が風靡し、道義精神が低下した。その上、西洋の社会主義革命思想が流入してきた。安全保障上・国防上の危機は何とか打開したが、今度は内面的危機に直面したのである。

 

明治天皇は、つねに国家国民のことをご軫念あそばれてゐた。国家国民が誤りなき道を歩むことを願はれ『軍人勅諭』『教育勅語』を渙発あそばされた。そして日露戦争後の状況を憂へられた明治天皇は、明治四十一年十月十三日『戊申詔書』を渙発あそばされた。それには次のやうに示されてゐる。

 

「方今人文日に就()り月に将(すす)み、東西相倚(よ)り彼此相濟(な)し、以て其の福利を共にす。朕は爰(ここ)に益々国交を修め友義を惇(あつう)し、列国と與に永く其の慶に頼らむことを期す。」「宜しく上下心を一にし、忠実業に服し、勤倹産を治め、惟れ信惟れ義、惇厚俗を成し、華を去り實に就き、荒怠相誡め、自彊息(や)まざるべし」「朕は方今の政局に處し、我が忠良なる臣民の協翼に倚籍(いしゃ)して、維新の皇猷を恢弘し、祖宗の威徳を對揚せむことを庶幾(こいねが)ふ。」

 

この「維新の皇猷を恢弘」(明治維新における天皇の御経綸を大いにひろめること)が大切なのである。明治維新の真精神を忘却しつつあった当時の国民へのおさとしが『戊申詔書』であったと拝する。明治天皇は、『教育勅語』において、國民の道義心の発揚を促され、『戊申詔書』において國民の驕慢と奢侈・頽廃と華美とを戒められたのである。

 

明治天皇は、大御歌においても

 

「天てらす神のみいつを仰ぐかなひらけゆく世にあふにつけても」

「橿原の宮のおきてにもとづきてわが日本の國をたもたむ」

「開くべき道はひらきてかみつ代の國のすがたを忘れずもがな」

 

とお詠みになり、外来文化・文明を受容しても日本伝統精神を忘却してはならないと國民に示された。

 

体制側・権力者側にとって、天皇のご存在が自己抑制・道義心発揚の鏡であった。また、反体制側にとっても、天皇のご存在が、現状変革・國體の真姿顕現の原点であったことは、明治第二維新運動・大正維新運動・昭和維新運動の歴史を見て明らかである。

 

本来であれば、国民一同この『戊申詔書』を拳拳服膺して、国民精神は改善されなければならなかった。しかし、橋川文三氏は「大正二年のある地域調査によれば、高等小学校卒業者一三四三名中、『戊申詔書の意義を略解しほゞこれを口唱しえたるもの答解者ただただ一人ありしのみ』という状態であったということこそ、この時代の危機の深さが暗示されている」(『昭和維新試論』)と論じてゐる。

 

さらに林房雄氏は次の如くに論じてゐる。「小学校では式のあるたびに、必ず君が代が奉唱され、勅語が奉読された。三大節には御真影の奉拝も行われた。…常にそれは立派な儀式であった。…たゞ、式が終わった後に、私たちの胸に燃えのこる焔がなかった。…時代は安心しきってゐたのである。日露の戦勝のあとをうけて、国運は隆昌であった。時代は安心しきって、神を求める心を忘れ、神に通ずるための儀式も単なる儀式に化しさらんとしてゐた。」(『勤皇の心』)

 

これが近代日本の最大の問題点であった。近代化・西洋化が、日本の本来的な精神即ち神への仰慕を忘却させたのである。近代日本の精神的危機は相当深刻であったといはなければならない。近代日本の根本的欠陥は、神々の喪失即ち無信仰である。それは日本傳統信仰の忘却と言ひ換へることもできる。文明開化・西洋崇拝そして日清日露戦争の勝利による国民の慢心がもたらしたものは、神々の喪失であり、傳統信仰の忘却であった。

 

日本の西洋覇道精神・欧化路線即ち近代日本の負の部分に対する反省が昭和維新運動である。昭和維新運動とは日本傳統精神の復興による「近代の超克」を目指す運動であった。近代とは欧米的近代主義である。近代日本が猛烈に勢いで輸入した「欧米近代」なるものへの痛烈な反省である。それは、明治維新の真精神即ち神武創業の精神・日本の傳統信仰の復興であった。しかし、昭和維新は未完に終わった。

 

神への回帰こそが、近代日本において必要だったのである。近代の超克・西欧模倣からの脱却は、日本に神々への回帰、日本傳統信仰の復興によって行はれなければならなかった。

 

大東亜戦争はアメリカの科学技術と物量に負けたといふ面は勿論ある。しかしそれと共に、日本自身の精神的頽廃=神の喪失・傳統精神隠蔽が大東亜戦争だけでなく近代日本の歴史に大きな影響を与へたことは事実である。

 

近代日本の矛盾の克服は、現代においても喫緊の課題である。近代の超克・西欧模倣からの脱却は今日においてこそ行はれなければならない。わが日本は、西洋覇道精神を清算し日本傳統精神を復興し日本の神々に回帰しなければならない。

西洋から発した唯物文明・強いもの勝ちの覇道精神を反省し訂正せしめるものとして農耕生活から発した大自然と人間の共生の精神たる日本伝統精神がある。天皇がその祭祀主であられ体現者であられる日本伝統精神よって西洋唯物文明を克服するべきである。日本伝統精神は、現代の危機を打開し将来の日本及びアジアそして地球の救済の力となり得る。

|

« 千駄木庵日乗二月二十一日 | トップページ | 四宮政治文化研究所発行・『政治文化情報』平成二十七年三月号のお知らせ »

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/121949/61174706

この記事へのトラックバック一覧です: 近代日本の矛盾克服と日本の傳統信仰の復興:

« 千駄木庵日乗二月二十一日 | トップページ | 四宮政治文化研究所発行・『政治文化情報』平成二十七年三月号のお知らせ »