« 千駄木庵日乗一月二十三日 | トップページ | 千駄木庵日乗一月二十四日 »

2015年1月24日 (土)

「一神教の呪縛」「金銭がすべて」という息づまるような社会から脱却するには

『日本経済新聞』平成二六年七月六日号に掲載された宮内勝典という作家の方が「シーラカンスの独り言」と題して次のように書かれている。

 

「わたしたちはいま中世的な一神教の世界、カネがすべてという一つの価値観に閉じ込められているような気がする。石油、エネルギー、金融といったことばかりが世界をおおいつくしている。それに起因する戦争、暴力。生の喜びなど実感できない。消費によってストレスを発散するぐらいの楽しみしかない。全く息づまるような社会だ。だが、わたしたちは逃げだせない。隠者にはなれない。社会生活を続ける以上、ここで生きるしかない。生の喜びを回復させるためには、どうしても文化の活性化が欠かせない。新しいルネッサンスが必要なのだ。」

 

「ルネサンスは中世の終わりごろ、イタリアで起こった。ギリシア・ローマの古典芸術を復興させようという啓蒙運動であった。だが、わたしは、千年ぐらいつつく宗教的な抑圧に対するアートの反乱ではなかったかと思っている。」「ギリシア美術を見ると、神々も人間も裸である。ミロのヴィーナスは美しい乳房を堂々とさらしている。…ギリシャは多神教の世界だった。」

 

「ルネサンスは『文芸復興』と日本語に訳されているが、『人間復興』と呼ばれることもある。わたしはこちらのほうが思想的にふさわしい訳語ではないかと思う。フィレンツェの美術館を巡っていると、中世美術の陰鬱さに気が滅入ってくる。信仰の深さや荘厳さはあるけれど、街の広場では異端者たちを火あぶりにしていたのだ。」

 

「ルネサンスの先駆者、ダンテの『神曲』を読むと、権力への怒りの激しさにたじたじとなる。かれらは闘っていた。一神教の観念大系を食いやぶって、生の息吹を回復させようとした。」と書かれている。

 

私は、西洋文化・文明史のこと、そしてルネサンスのことも知らない。しかし、宮内氏の書かれていることに共感を覚える。宮内氏の主張を日本に当てはめて考えると、「古典芸術の復興」とは、神話の世界、『萬葉集』の世界の復興であろう。日本古代の信仰精神は、記紀神話と『萬葉集』に伝えられている。そしてそれは「一神教の世界」ではなく「多神教の世界」である。一神教の呪縛から脱却し、金銭がすべてという息づまるような社会が脱却するには、記紀萬葉の世界への回帰、日本の伝統的な信仰精神の復興が大切であると考えるる。ヨーロッバにおいて「ギリシア・ローマの古典芸術」の復興が人間復興であったように、日本における人間復興は萬葉の世界・神話の世界の復興であると考える。この事は、中河与一先生が戦前に上梓された『萬葉の世界』という著書でで主張されている。

|

« 千駄木庵日乗一月二十三日 | トップページ | 千駄木庵日乗一月二十四日 »

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/121949/61020995

この記事へのトラックバック一覧です: 「一神教の呪縛」「金銭がすべて」という息づまるような社会から脱却するには:

« 千駄木庵日乗一月二十三日 | トップページ | 千駄木庵日乗一月二十四日 »