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2015年1月 4日 (日)

山へのロマンの歌

 

                           

 日本人は海と共に山に対してもロマンを抱いて来た。山は日本人にとって尊く神聖な存在であった。日本神話では、天孫邇邇藝命は山の上に降臨して来たとされている。これは古代日本人が、山は天上の世界に通じる階梯であり、山には天から天降って来た神がいると信じたからである。

 

 近代日本において、漂白行乞(ぎょうこつ )の中に身を置き、自由律俳句を詠み続けた山頭火は、天孫降臨の地と伝えられる宮崎県高千穂で、

 

 分け行っても分け行っても青い山

 

 という句を詠んでいる。

 

 

 古代日本人にとって山は信仰の対象であった。三輪山・天香具山・富士山・二上山などはみな神として仰がれた。三輪山への信仰を歌った代表的な歌は、

 

三輪山をしかも隱すか雲だにも情(こころ) あらなむ隱さふべしや

 

 である。額田王(ぬかだのおおきみ)が、近江に遷都された天智天皇に従って、大和に別れを告げて近江に移られる時の歌である。美しく優雅に聳える三輪山には大和の神が鎮まりますという信仰があり、麓には三輪山を御神体とする大和国一の宮大神(みわ)神社がある。額田王にとって大和との別れは三輪山との別れであった。

 

 神として崇められる山を神奈備山(かむなびやま)と言った。大和の二上山も神奈備山と仰がれた。大和地方は三輪山から日が昇り、二上山に沈む。日の沈む二上山は死者を葬る所であった。その二上山を詠んだ歌が、大津皇子が刑死され二上山に葬られた時、姉である大来皇女(おほくのひめみこ・大伯皇女とも書く )が歌った次の歌である。

 

うつそみの人なる吾(われ)や明日よりは二上山(ふたかみやま)を兄弟(いろせ) とわが見む

 

「現世にまだ生きている私は明日からは二上山を弟と思って見ましょう」という意である。大来皇女にとって二上山は弟そのものであったのである。 大和地方に旅すると分かるが、三輪山と二上山は大和盆地の東西にある際立って美しい山である。この二つの山への深い愛着を、額田王と大来皇女という二人の萬葉女性歌人が、静かにそして切々と歌っているのである。

 

三輪山の方角から昇った太陽は二上山に沈んで行く。その美しく感動的な光景を眺めて暮らした大和人は、二上山の彼方に他界があるというロマンを抱いたのだ。それが後世の西方極楽浄土へのロマンにつながっていくのである。山は天に近い最も清浄な地であるから死者を葬る所となった。つまり山はあの世への入口であった。

 

 このように古代日本において、信仰の対象とした仰がれた山は、中古・中世になり乱世の兆しを見せ始めると、その清浄さのゆえに現実生活から逃避する場となっていった。隠者が山に籠ったというのもまた山へのロマンであるとともに現実からの逃避であったと言えよう。そうした歌の典型が次の歌である。

 

 世の中よ道こそなけれ思ひ入る山の奥にも鹿ぞ鳴くなる

 

 名門に生まれながら不遇であった藤原俊成が二十七歳の若さで詠んだ遁世の歌である。『百人一首』の歌であり『千載集』に収められている。「この世の中には逃れていく道は無い。世を逃れようと思って入って来た山の奥にも鹿が鳴いている」という意。遁世の意を固めて入った山奥も、悲しい鹿の鳴き声がしみじみと聞こえて来て、なおさら悲しくなって憂き世のうちと感じられ、とても安穏の地ではないということを歌っている。

 

 

 現実から逃避せんとして山へ入るということは、近代歌人吉井勇も歌っている。

 

 うつし世の煩悩かなし何ごとも忘れはてむとわれ山に来ぬ

 

 日本人は、山の懐に抱かれあるいは山の高みに立ち、心身の疲れを癒し心身を浄めんとして来たのである。

 

 現代人もまた、時に現実からの逃避を夢見る。そして山に憧れる。登山は西洋から伝えられたスポーツと言ってもいいかと思うが、現実生活の労苦からたとえ一時(いっとき)でも自由にならんとして人々は山に登るのである。そのことは次の歌によく表れている。

 

 雪よ岩よ われらが宿り

 俺たちゃ町には 住めないからに

 (中略)

 朝日に輝く 新雪ふんで

 今日も行こうよ あの山越えて

 

 山よさよなら ごきげんよろしゅう

 また来る時には 笑っておくれ

 

 『雪山讃歌』(西堀栄三郎作詞)の一節である。「町に住めないから山へ行く」というのである。都会という窮屈にして汚辱にまみれたところを脱出して、清浄な山に登り自由を得んとする。フランスの詩人ボードレールは「自由なる人永遠(とわ)に海を愛さむ」と言ったというが、「自由なる人」はまた山をも愛するのである。

 

 山林に自由存す

 われこの句を吟じて

 血のわくを覚(おぼ)ゆ 

 

 これは国木田独歩の『独歩吟』という長詩の書き出しである。恋に悩んだ独歩が自由を求め、北海道の空地(そらち) 川のほとりをさまよった時の詩であるという。山林を愛した独歩の心がひしひしと伝わって来る。

 

 最近の自然破壊・山林破壊はこうした古代から伝わる山へのロマンという崇高なる精神をも喪失せしめることとなるのである。何とも悲しきことである。 

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