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2015年1月 2日 (金)

日本國家は天皇を祭祀主とする信仰共同體

日本國家は天皇を祭祀主とする信仰共同體である。ゆえに日本國は天皇國といわれるのである。

 

 第十代・崇神天皇の御代には、天神地祇をお祀りする社(やしろ)を定め、その神領や奉仕する神戸(かんべ・神社に付属して租税・課役を神社納めた民)を定められて、各地の産土神および各氏神を篤く祭られた。大和朝廷は、祭祀的統一とは、各氏族・部族の尊崇していた神々を抹殺して大和朝廷の尊崇する神のみを祭ることを強制したのではない。各氏族・部族が尊崇する神々をそのままお祭りすることによって、精神的信仰的統一を実現したのである。

 

大和朝廷による祭祀的統一によって、日本民族が狭い部族的あるいは地縁的な共同體の分立から、今日の日本國の原形である全體性を確立した。その中心にあったのが<天皇の祭祀>である。これが「祭」と「政」の一致なのである。かかる意味において、日本國は天皇を中心とした信仰共同體なのである。

 

『魏志倭人伝』に「一女子を立てて王と為す。名づけて卑弥呼と曰ふ。鬼道に事へ、能(の)く衆を惑わす」と記されている。『魏志倭人伝』とは、支那の『三國志』のうちの『魏書東夷伝』の中の倭人(日本人のこと)に関する約二千字ほどの記事のことである。ここに書かれていることが三世紀の日本の史実そのままではない。三世紀前半に日本に渡来した支那人(魏の國の人)の見聞に基づいているらしく推測される。実際に訪ねていない國のことも訪ねたかの如く書いている箇所もあるという。しかし、その頃の日本の九州(筑紫)に来た支那人が「水行十日陸行一月」の遠隔地即ち大和地方のことを伝聞したことをもととしているという。

 

『三國志』は、後漢の滅亡によって生まれた魏・呉・蜀の三國時代から西晋による華北統一までのほぼ百年ほど(一八四~二八0)の歴史である。したがって、『魏志倭人伝』に記された時期よりもはるか以前に、日本國は「日の御子」(太陽神の御子)によって祭祀的統一が成立していたのである。

 

古代日本の「祭祀」を「鬼道」などと蔑視し、「祭り主」に「卑弥呼」(いよいよ卑しいと呼ぶ)などという侮蔑的な文字が当てられているが、「ヒミコ」とは日御子であり、太陽神を祭る巫女(みこ)即ち祭祀主という意味である。そして、神を祭り、神の意志を民に伝え、民の願いを神に申し上げることのできる霊能を有する祭祀主・日の御子が、政治的統治者であるのである。「ヒミコ」は古代日本の祭祀と統治を統べる最高のお方なのである。

 

 古代祭祀共同体の「祭祀主」は太陽神を地上においてそのまま體現される御方であるから、日の御子=現御神(現実に現れた神)と仰がれたのである。これが「現御神日本天皇」の起源である。

 

大和や河内などにある天皇陵をはじめとした多くの古墳は、信仰共同體の精神的エネルギーの結晶である。祭り主天皇の神聖なる権威を崇める心が美しい前方後円墳を作り出したのである。

 

 わが國古代においては、祭祀と政治は一體であった。だから祭祀も政治も「まつりごと」という。祭祀とは、五穀の豊饒と國民の幸福を神に祈る行事である。政治とは、規則と制度と行政によって國民の幸福を実現することである。祭祀と政治は本来その目的は一つである。これを「祭政一致」というのである。「祭祀」が「政治」と一體であるのは古代からの伝統である。祭祀によって國家國民の平和と繁栄を祈ることと具體的な施策や制度(すなわち政治)によって國家國民の平和と繁栄を実現することとは分かちがたいものであった。

 

 祭祀とは、己をむなしくして神に仕えまつる行事である。そして、日本國の祭り主であられる天皇は、「無私」になって神にまつろい奉る御方であり、神のみ心を伺い、それを民に示される御方であり、民の願いを神に申し上げて神の御加護を祈られる御方である。天皇は神のみ心を実現され、天照大神の神霊を體現される御方となられるのである。だから民から天皇を仰ぐときにはこの世に生きたもう神すなわち現御神(あきつみかみ)あるいは現人神(あらひとがみ)と申し上げるのである。

 

 「無私」が祭祀の本質であるから、神のみ心のままの政治、私を無くした政治、これが祭政一致であり、天皇の日本國家統治の本質である。だから、日本國はその長い歴史において、多くの闘争が行われ戦いがあったが、「無私」の御存在であられる天皇は、唯一神聖不可侵な御存在として絶対的な御位におられ続けた。

 

 武力によるいかなる覇者も、天皇の「親任」を得ることによってその地位の正当性を得ることができた。天皇を廃して自らが日本國の最高君主になることはなかった。鎌倉幕府・室町幕府・徳川幕藩體制下では、行政権・司法権ともに幕府が掌握していたが、祭祀を根本にした日本國の君主すなわち最高の統治者としての権威は天皇にあった。

 

 これは現代においても同じである。今日の日本の政治制度も、國会において多数を制した勢力の長が与党として内閣を組織するが、彼らは天皇の「親任」を得ることによってはじめて「内閣総理大臣」以下大臣としての地位につき國務を執行することができるのである。

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