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2014年12月27日 (土)

日本國家論

人間は、よほど特殊の場合を除いて、たった一人では生きるなどということはあり得ないし、不可能である。人間は、多くの人々が助け合い、いたわり合ってこそ生きて行ける。つまり人は、人間関係の中にあってこそ、人として生きて行けるのである。

 

多くの人々が助け合って生きている場を共同體という。そうした有機的生命體としての共同體が成長発展したものが國家である。國家があってこそ人間は生きて行けるのである。人間がこの世に生きている以上共同體國家はなくてはならない存在である。

 

 個人の自由や幸福はできるだけ実現されなければならないが、人間は、道義を重んじ、他者を愛しいたわり、他者と協力する心があると共に、道義を忘れ、他者を憎み迫害し、他者と競争する心があるので、しばしば他人の自由や幸福と衝突する。その場合各自の自由や權利そして幸福の追求を調整しなければならない。その役目を果たすのが國家なのである。

 

國家は、國民の道義心を基本として、國民同士の愛と信頼と協力を促進せしめる役割を果たすと共に、國民の道義心の忘却による、憎悪と不信と闘争を抑止する役割を担う。個の尊重とか人間の權利とか自由というものも、共同體國家の中においてこそ守られるのである。

 

つまり、人間は共同體國家と一體であり、人間は共同體國家を離れては生存することができないのである。そしてその共同體は、人間の生活の場であり、人間は文化を創造し、言語や信仰や道義心を持つ。だから、そこに生きている人々の信仰、文化、言語、そしてその共同體が存在する場所・気候・風土によって個性ができる。ゆえに世界に個性を持った共同體國家が多数存在しているのである。

 

したがって、國家というものを權力機構であるとか、階級支配の道具であるとして一方的にこれを否定し、死滅に追いやろうとするのは不可能である。 

 

 

 しかしながら、國家というものは有機的精神的な共同體としての本質を持ちながらも、一方において、權力機構としての側面を持つのも事実である。ただしその權力機構は國民と対立するのではなく、國民を守るのである。

 

 國家の規模が大きくなり、共同體の仕組みが複雑になると、共同體を運営する機構が必要になる。そしてその權力機構は、安定した國民生活を維持するのである。また様々な力(経済力・暴力・自然破壊力等々)が國民の自由と幸福とを脅かす場合に、國民を守るのが國家權力の役目である。國家權力というと國民を圧迫するだけと考えるのは事実に反する誤った考えである。むしろ國家權力は、國民の自由と幸福の擁護者であるというのが理想の姿である。

 

 しかし、人口も増加し文明や産業も発達した巨大な國家においては、權力機構が非常に強大化して、國民を抑圧する場合がある。國家なくしては人間は生活できないが、國家によって國民が圧力や迫害を受けてきたという両面が人類の歴史にはあるである。つまり國家權力というものは性善でもなければ性悪でもなく、多面的であり両義的なのである。ここに國家と國民とが相対立するという思想が生まれる原因がある。    

 

 そこで、精神的な共同體と權力機構という二つの性格を持つ國家を正しく発展せしめ、國家と共に生きる國民の幸福を図るためには、國家・國民の道義性を高めねばならない。特に、愛國心が希薄になり、國家を否定する思想が流布され、國家は憎むべきもの、破壊すべきものと考えている人が多くなって来ている今日において、そのことはきわめて重要である。國家權力を否定し憎悪する勢力が、破壊活動を展開することがかえって國家權力を強大ならしめているという現実があるだからそれは尚更である。

 

 「權力無き國家」などということは幻想である。しかし、權力悪・國家悪というものは消滅させなければならない。そのためには、國家というものは単なる權力機構・支配組織であり國家と國民とは相対立する存在であるという思想を徹底的に払拭すべきである。そして、國家の權力組織を成り立たせている基盤に、その國家独自の道義精神というものがあるということを國民全體が強く自覚しなければならない。つまり、正しい道義國家精神の自覚が必要なのである。

 

 國家には、そこに生きている人々の信仰、文化、言語そして國家が存在する場所・気候・風土によって個性ができる。ゆえに、日本という國にも文化的信仰的風土的に自ずからなる個性がある。日本國は、主體的な歴史性・風土性・信仰精神を基盤とした伝統的な道義觀・価値觀を國家存立の基礎に置くべきなのである。

 

 個人においても國家においても道義が実現されなくてはならない。いくら日本が腐敗し堕落しているといっても、日本民族全體が全く道義精神を喪失したわけではない。我々が愛する國家とは、國民を抑圧する國家ではないし、官僚が腐敗し政治家が勝手なことをやるような國家ではない。わが日本は本来、天皇を中心とする歴史と伝統と道義の國日本である。その日本國の本姿を開顕することが今日最も大切なのである。

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