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2014年12月 9日 (火)

日本民族の道義心・倫理觀の根幹

日本人は、死んだらご先祖が草葉の陰から子孫を守って下さるといふ信仰がある。靖國神社そして各県の護國神社に鎮まりまします護國の英靈は今日唯今もわが祖國をお護り下さってゐるのである。

 

 それは皇后陛下が「終戰記念日」と題されて、

 

「海陸(うみくが)のいづへを知らず姿なきあまたの御靈國護るらむ」

 

 と、詠ませられてゐる御歌を拝しても明らかである。

 國家も國民も現に今生きてゐる者たちのみによって成り立ってゐるわけではない。わが國建國以来、この國に生まれこの國に生きこの國に死んでいった人々の御靈、とりわけ國のために命を捧げた尊い英靈たちの御蔭によって今日のわが國そしてわが國民の存在があることを忘却してはならない。

死後の世界は、まだ行ったこともなく見たこともないが、やがては必ず行くことになる「他界」(よその世界・まだ行くことのできぬ世界)である。従って人が死んだことを「他界した」と言ふ。亡くなった人は草葉の蔭から生きてゐる人を見守るといふことは、死後の世界と現世は遮断してゐないで交流し連動してゐるといふことである。それは『古事記』に記されてゐる伊耶那岐命と伊耶那美命の黄泉(よみの)(くに) の「神話」に明らかである。

死後の世界は、次第に理想化・光明化されて行き、神々の住みたまふ世界と信じられるようになった。なぜなら、自分の親や愛する人などが、あの世に行って苦しんでゐるなどと考えへることに耐へられないからである。しかし、反面、穢れた他界も想定された。そこには鬼や妖怪や魑魅魍魎が住んでゐると信じられた。素晴らしい聖なる世界・清らかな「他界」は高天原と呼ばれ、穢れた他界・恐ろしき「他界」は夜見の国・根の国と呼ばれた。

 春秋二回のお彼岸は、本来的には日本人の他界信仰・祖霊信仰から生まれた日本固有行事である。春と秋の昼と夜の長さが同じ日に「あの世」から「この世」へ祖先の霊が訪ねて来ると信じてきた。「彼岸」とは向かふ岸といふ意味であり、日本人の他界観念とつながる。

 この世を去った方々の御靈に感謝すると共に、現世に生きる者たちを護りたまへと祈ることが、わが國の傳統信仰として今日まで生き続けてゐる。それは、日本民族の道義心・倫理觀の根幹である。

 

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