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2014年12月21日 (日)

宗教について

日本には西洋のやうな宗教戦争はありませんでした。切支丹禁圧・廃仏毀釈・大本教弾圧があったではないかといふ疑問を持たれる方があるかもしれません。しかし、それらは、欧州や中近東などにおける一神教同士の凄まじい宗教戦争や弾圧とは本質的に全く異なります。また規模も比較にならないくらい小さなものです。

近世初期に日本に入って来たキリスト教は、神社仏閣の焼き討ちなどを行なひました。また当時のキリスト教はスペインなど西欧諸国の世界制覇の手先となっていた面が大いにありました。これに危険を感じた武家政権が禁圧したのです。国家民族の独立と傳統を守るためには致し方なかったと思ひます。

 

明治初期の廃仏毀釈は、徳川幕府が仏教及び寺院を民衆支配の道具にしてゐたこと、そして神道を圧迫したことに対する反発が多くあったのです。それがいっぺんに噴き出したのです。だから数年を経ずして終息しました。多くの人々が虐殺されたり宗教戦争が起こるといふこともありませんでした。

 

昭和十年代の宗教界に対する権力の圧迫は、近代化の過程において、西洋覇道思想が流入し、一神教的独善思想が政府の宗教政策に悪影響を及ぼした結果です。日本本来の姿ではありません。また、創価教育学会や大本教弾圧は、伊勢の神宮の神札を焼いたり、皇室に対する不敬言動があったといふことがその原因でありました。残虐なる拷問などやり過ぎの面があったことは確かですが、数多くの人々が虐殺されたといふ事は全くありませんでした。ただし、凄惨なる拷問による獄死者はゐました。『治安維持法』で死刑になった人はゐないと言はれますが、残虐な拷問で死に至らしめた人は多数ゐます。

 

大本教は天皇機関説排撃運動を行なひ愛国団体と提携して国家革新を唱へました。創価教育学会は、天皇現人神信仰を唱へ法華経を国教にしなければ聖戦は貫徹できないと主張しました。戦後になって大本教も創価教育学会もまたひとのみち教団も再建されました。

 

一國の宰相が戦没者慰霊のために靖國神社に参拝することに対して、内外から反対の声があがることくらい不思議なことはありません。また、裁判所で違憲判決が出ることはまことにおかしなことと思ひます。

この問題の根本は、歴史問題と現行占領憲法の「政教分離規定」にあります。そもそも政治権力と教団宗教が一体になることを禁じるといふ政教分離思想は、一神教同士の凄惨なる闘争の歴史を持つ欧米諸國の思想であります。わが國の神社神道は、排他独善の一神教でもないし、教団宗教でもありません。

 

むしろ「政教分離」を声高に主張し、総理の靖國参拝に反対してゐる勢力(左翼革命勢力・一部のキリスト教団・創価学会など)こそ、信教の自由を侵害し宗教弾圧を行ふ危険のある排他独善思想を持つ勢力であります。共産國家には信教の自由はありません。キリスト教はこれまで宗教戦争を繰り広げてきました。創価学会は他の宗教をすべて邪教と罵ってゐます。

 

神社神道ほど平和的な宗教はありません。また靖國神社には昭和殉難者は祀られてゐても戦争犯罪人は祀られてゐません。

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