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2014年11月25日 (火)

柿本人麻呂が歌った「天皇のご本質」と『現行占領憲法』の國體隠蔽

『萬葉集』の代表歌人柿本人麻呂は、「輕皇子(かるのみこ・後の第四十二代・文武天皇)の安騎野(あきのの)に宿りましし時、柿本朝臣人麻呂の作れる歌」といふ「長歌」冒頭において、 日本天皇の御本質を次のやうにうたひあげてゐる。

 

「やすみしし わが大君 高照らす 日の皇子(みこ) 神(かむ)ながら 神(かむ)さびせすと…」(やすらけくたいらけく四方八方を御統治あそばされるわが大君、高く照らすわが日の神の皇子は、神様であるままに、神様らしく振る舞はれるべく…、といふほどの意)

 

 

「やすみしし わが大君」は、萬葉仮名では「八隅知之」と書かれてゐる。「四方八方を知る」といふ意である。「天皇は空間的に日本國の四方八方をしろしめしたまふ」といふことである。或いは、「安見知之」とも書く。これは「やすらけくこれを見、知る」といふ意で、「天皇は空間的にたいらけくやすらけく日本國をしろしめしたまふ」といふことである。

 

 「高照らす 日の皇子」は、「高く照っておられる日の神の皇子」といふ意である。これは、日の神であらせられる天照大神が、生みの御子であられる邇邇藝命を地上に天降らせたまひて天の下を統治せよと御命令になって以来、邇邇藝命の子孫である天皇が日本國を統治されてゐるといふ時間的事實を言った言葉である。

 

 つまり、「やすみしし わが大君 高照らす 日の皇子」といふ対句表現(語格や意味の相対する二つ以上の句を対照的に並べて表現する修辞的技巧)は、現御神として時間的連続性・空間的統合性に基づいて日本國を統治される天皇の御本質を、神話的・詩的に美しく表現した言葉なのである。かうした表現は、『日本書紀』の歌謡の中に現れてをり、『古事記』では景行天皇記の日本武尊の御歌の中に「高光る 日の御子」といふ言葉がある。

 

 「日本國の象徴」「日本國民統合の象徴」と規定している『現行占領憲法』の「天皇条項」は、「やすみしし わが大君」といふ空間的統合性・精神的統一性はある程度表現してゐるが、「高照らす 日の皇子」といふ時間的連続性・歴史的伝統性は表現されてゐない。

 

 天皇は武力で空間を制圧して國家を治められてゐるのではなく、天照大神(太陽の神)の御子としての神聖なる権威によって治められてゐる。そしてその根幹は天神地祇を祭られる<天皇の祭祀>である。日の神信仰はわが國だけに傳へられてゐる信仰ではないが、稲作生活を営む日本民族にとって太陽はなくてはならぬ存在であるので、わが國では、日の神信仰(太陽信仰)はより強固なものであった。その日の神の御子が祭り主日本天皇であらせられる。

 

 天皇は國民を統率して、國民を代表して、神様に祈り、神を祭り、神の御命令を民に傳へる役目を果たされる。ゆへに、民から仰ぎ拝すれば、天皇は地上における神の御代理即ち現御神であらせられるのである。  

 

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