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2014年10月31日 (金)

『尊皇討幕』の明治維新の精神と現代の危機打開

今日の日本も内憂外患を除去するために、明治維新の精神に回帰し、明治維新と同じように、日本的変革の原理たる「天皇中心の國體の明徴化」の理念を基本とした大変革即ち平成維新を断行しなければならないと信ずる。

 

日光東照宮の陽明門をはじめ各所に、後水尾天皇の御宸筆とされる勅額が掲げられている。戊辰戦争の折、日光東照宮の焼き討ちを要求する薩摩藩を説得する理由の一つとして、土佐藩の板垣退助がこの勅額が掲げられていることを挙げたという。

 

幕府は徳川家康を神格化するために、天皇及び朝廷の神聖権威を利用したのである。後水尾上皇は、度重なる徳川幕府とりわけ、徳川秀忠の圧迫と不敬行為に耐えられ、朝廷の権威を守られた。京都のある寺院で、後水尾上皇御宸筆の『忍』という色紙を拝したことがある。徳川幕府の横暴に対する御心を示されたと拝される。

 

幕末期、欧米列強の侵略の危機を打開し、日本の独立を維持するためには、徳川幕府が、天皇及び皇室の神聖権威に対抗すべく不遜不敬にも創出した「東照大権現」の神威では、とても國民的統一の信仰的核にはなり得なかった。

今谷明氏は、「東照大権現の神威は、武家階層はともかく、民衆レベルに浸透したとはとうてい考えられない。反面、大衆の間に天皇祖神を祭る伊勢の神威が高まっていくのは、よく知られているとおりである。伊勢と日光の勝負はもはやついて居た。」(『武家と天皇』)と論じてゐる。

 

もともと戦國時代の武士の覇権争いの勝者・覇者にすぎなかった徳川氏は、覇者たるのを喪失したのである。端的に言えば、徳川氏は「征夷大将軍」(夷狄を征伐する大将軍)の任に堪えられなくなったのである。

 

現御神信仰・尊皇精神の興起は、勤皇の志士たちのみならず、一般庶民においても旺盛であった。伊勢の皇大神宮への民衆の集団参拝(いわゆる御蔭参り)が行われ一般庶民の皇室の御祖先神に対する信仰が大きく復活してきていた。天保元年(一八三〇)には、御蔭参り参加者が閏一月から八月までで五百万人に達したという。

 

國家の独立と安定と統一を保持するには、日本の伝統と自主性を體現される御存在=神聖君主日本天皇を中心とした國家體制を確立しなければならなくなった。欧米列強の侵略から祖國日本を守るための國家體制は、神話時代からの伝統的君主である天皇を中心とする國家でなければならないということが全國民的に自覚されるようになった。そして、一君万民の國體を明徴化する明治維新が断行されたのである。

 

西欧列強の日本侵略から日本を守りぬくためには、全国的な統一国家建設が絶対必要条件であった。封建的各藩の分立を廃して統一国家を建設しなければならない。国家の中心を正しく確立しなければならない。もっともっと強力な国家統一・国家体制強化の牽引力が必要であった。この牽引力は、単に権力・軍事力に依拠するのでは駄目である。もともと戦國時代の武士の覇権争いの勝者・覇者にすぎなかった徳川氏は、その力を喪失してしまえば、国を支配者たるの地位も失うのである。徳川氏は征夷大将軍の任に堪えられなくなったのである。

 

東照大権現などとその神聖性を強調しても、たかだか二百余年前に天海という僧侶によってつくりあげられた権威ではとても全国民的に精神的統一の中心とはなり得なかった。全国民が真に日本民族としての運命共同意識を強く保持し燃え立たせ得る精神的な基盤に依拠しなければならない。そうした精神的基盤は、神代以来の神聖権威の体現者・保持者であらせられる日本天皇への尊崇の念即ち尊皇精神であらねばならない。

 

国家の中心者は神代以来の伝統的権威を保持する天皇以外にあり得ない。日本伝統信仰の祭祀主・現御神日本天皇以外にあり得ない。統一国家の中心者・君主は、武力のよって権力と土地と富を占有している覇者では駄目である。覇道・強いもの勝ちの武家政権ではなく、現御神日本天皇の神聖権威が国家の統一を実現する。それが尊皇倒幕即ち明治維新であった。

 

 

和辻哲郎氏は、「明治維新は尊皇攘夷という形に現わされた国民的自覚によって行われたが、この国民的自覚は日本を神国とする神話の精神の復興にもとづき、この復興は氏神の氏神たる伊勢神宮の崇拝に根ざしている。原始社会における宗教的な全体性把捉が高度文化の時代になお社会変革の動力となり得たというような現象は、実際、世界に類がないのである。」「(註・明治維新で)封建制度は再び顛覆せられた。中央集権的国家は再び形成せられた。永い封建制度の間を通じて権力なき権威であった天皇の権威は、依然として将軍の権力よりも上にあり、依然として国民の全体性を表現するものである、ということが明白に示された。原始的な信仰は決して死んではいなかった。」(『風土』)と論じておられる。

 

祖先神たる天照大御神は神として神社に祭られると共に、天皇がその地上におけるご代理としての役目を果たされた。

 

日本民族精神の基礎となるものは、天皇中心の國體を護持する精神である。日本國民の國を愛する心の特質は、「尊皇攘夷」「尊皇愛國」といふように萬邦無比といわれる日本國體の精神即ち天皇尊崇の心と一体であるところにある。

 

日本の民族意識・日本ナショナリズムの基礎は、一君万民の共同体即ち天皇中心の國體を護持する精神である。民族主義・愛國心・ナショナリズムは、天皇中心の歴史意識と不離一体である。日本民族の歴史を我々一人一人の精神の中で甦らせて、自己の倫理観・道義感の基本に置くことによって日本民族の意識・ナショナリズムが形成される。

 

日本ナショナリズムの基礎にはわが國の古代からの伝統精神への回帰があった。これを復古即革新という。日本人における愛國心は、日本人一人一人が静かに抱き継承してきた天皇を尊崇し日本の自然を慈しむごく自然な心である。「恋闕心」(「みかどべ」を恋ふる心)であり「麗しき山河即ち自然を慈しむ心」である。どちらも「愛」の極致である。

 

皇室は、神代以来の悠久の歴史を有する。明治維新前夜の國家的危機に際して、日本民族は自然に、日本國家・民族としての一體感・運命共同意識中心に古代からの國家の統一者である天皇を仰ぎ國内的統一を達成して國を救わんとしたのである。國民の同胞意識・連帯感、そして外敵に抗するナショナリズムの中心には天皇を仰いだのである。徳川幕府を打倒し天皇中心の日本國本来の在り方に回帰する変革即ち明治維新によって日本は國難を打開したのである。

現代における維新も、基本原理は全く変わらない。国内の反国体勢力を一掃し、天皇帰一の國體を明らかにして、外圧の危機を打開しなければならない。

 

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