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2014年10月14日 (火)

「攘夷」とは

「攘夷」とは、西欧列強といふ侵略者、異質の文化に直面して、国民的自覚と祖国防衛・独立維持の情念が噴出である。日本国の長い歴史の中で、「攘夷」の精神は静かに表面に出ず脈々と継承され生き続けるのであるが、白村江の戦いの敗北と、元寇と、そして幕末といふ外患の時期においてこの精神が昂揚したのである。

 

 大化改新と明治維新は共通する面が多い。外圧の排除であり、政治体制・法体制の整備であり、外国文明・文化の輸入である。大化改新後の律令国家体制は明治維新後の明治憲法体制と相似である。

 

 攘夷とは時代を無視したかたくなな排外思想ではない。松陰をはじめ維新の志士たちは時代の趨勢をただしく把握してゐた。松陰は敵たるアメリカを認識せんとしてアメリカ渡航を実行しようとした。 

 

 何処の國の革命も変革も、洋の東西・時の今昔を問わず、外國との関連・外國からの圧力によって為し遂げられたと言える。古代日本の大変革たる大化改新も支那・朝鮮からの侵攻の危機下に行われた。

 

 明治維新もまたしかりである。アメリカなどの西欧列強は徳川幕府に弱体に付け入って武力による圧迫を以て屈辱的な開港を日本に迫った。徳川幕府は、外圧を恐れかつ自らの権力を維持せんとしてそれを甘受しようとした。それに対して、天皇中心の國體を明らかにして強力な統一國家を建設し外圧を撥ね除けようとしたのが明治維新である。

 

 質の高い統合を実現している國家に強大な外敵が出現した場合、民族的一体感・ナショナリズムが沸き起こるのは当然である。西洋列強の日本に対する圧迫が強まった時、これを撥ね除けるために藩という地域そして士農工商という身分制度を乗り越えて、天皇を中心とした日本國家・民族の一体感・運命共同意識を醸成して外敵に当たろうとしたのである。

 

 徳川幕府の開國は文字通りアメリカの恫喝に屈したのである。徳川幕府を中心とした國家体制では、文字通り有史以来未曾有の内憂外患が交々来るといった状況の日本を保つことはできなくなったのである。言い換えれば、徳川幕府は、開國するにせよ攘夷するにせよ、これを断行する主体的能力のある政権ではなくなったということである。

 

 こうした状況下にあって、國家の独立と安定と統一を保持するには、日本の伝統と自主性をもっともよく体現する存在=天皇を中心としなければならなくなった。そして、欧米列強の侵略から祖國日本を守るための國家体制は、神話時代からの伝統的君主である天皇を中心とする國家でなければならないということが全國民的に自覚されるようになったのである。戦國時代の武士同士の覇権争いの勝者・覇者たる徳川氏は國家の中心者たるの資格を喪失したのである。

 

 ペリーの来航は、徳川幕府の弱体化・権威の失墜を天下に示し、日本國は天皇中心國家であるという古代以来の國體を明らかする端緒となった。これが明治維新の原理たる「尊皇倒幕」「尊皇攘夷」の精神の生まれた事情である。そして、徳川幕府を打倒し天皇中心の日本國本来の在り方に回帰する変革即ち明治維新によって日本は救われたのである。

 

 「攘夷」とは夷狄(野蛮な外國)を打ち払うということである。そしてそれは、アメリカやロシアの軍艦の来航という國家的危機に直面して、國防意識が全國民的に高まった時に、自然に発生し燃え上がった激しき情念である。

 

 徳川幕府は開設以来鎖國政策を取り、頑なに外國との接触を拒否していたにもかかわらず、アメリカの恫喝に遭遇すると、屈辱的な開港を行ってしまった。明治維新の志士たちはこうした徳川幕府の軟弱な姿勢を批判し否定したのであって、外國との交渉・開港を一切否定したのではない。ここが徳川幕府の封建的な鎖國政策と維新者の攘夷精神との決定的な違いである。

 

 吉田松陰や坂本龍馬らは、日本の自主性を保持し日本の真の発展に資する外國との交渉を望んだのである。だから、松陰や龍馬など多くの維新の志士たちは外國の文物を学ぶことに熱心であった。松陰などは下田港から黒船に乗り込み密航してまで外國に渡ろうとした。

 

 だからこそ、徳川幕藩体制が崩壊し、明治維新が断行された後の日本では、外國との交際を一切行わないという頑なな攘夷論は姿を消し、外國の侵略を撃退し日本の自主独立を守るために西欧の文物を学ばなければならないという強い意志を持った。これを「開國攘夷」という。ここに日本民族の柔軟性・優秀性があると言える。

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