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2014年10月 5日 (日)

木曽の御嶽山は日本山岳信仰の聖地である

木曽の御嶽山は日本山岳信仰の聖地である。鎌倉時代頃まで、修験道の道場で、厳格な精進潔斎を行った修行者が年に一度夏に集団登拝する習慣ができ、近世中頃まで続いた。江戸時代の天明年間から一般の人々が比較的緩やかな精進潔斎での登山が始まり、有力な行者が組織した御嶽講が生まれた。明治十五年(一八八二)、教派神道・御嶽教が結成された。(『図説日本の仏教六・神仏習合と修験』所収坂本正仁氏執筆「霊山・寺社の行事」による)

 

御嶽山の登拝は先達と呼ばれる行者と信者が一緒に行ふ。先日も記したように、私も若き日に木曽御嶽山に、先達の方に導かれつつ登拜した。その時、聖地として崇められる色々な社や石碑を巡礼した。

 

山岳信仰には、形が美しい山を神として仰ぐのを神奈備信仰、高く聳える山を神として仰ぐのを高峰信仰、火山を神として仰ぐ信仰を浅間信仰の三つがあるといふ。御嶽信仰は火山信仰といふことになるのであろうか。

 

古来、日本人は祖先の霊は山に帰ると信じた。ゆへに日本人は山を非常に尊んだ。御嶽山には、亡くなった先達たちを「霊神(れいじん)」の名称で自然石に刻印して祀った「霊神碑」を建てる風習がある。御嶽山には登拝者を祀った約五千基の霊神碑があるといふ。

 

日本の山岳信仰は、山が死者を葬る所であり、さらに山は高い天上の世界へ死者の魂を神上がらせる所といふ信仰であると思はれる。御嶽山の山頂が高天原と信じられたといふことは先日書いた通りである。かかる信仰は「山中他界観」と言はれる。

 

柳田國男氏は、「魂が身を去って高い峰へ行くといふ考へ方と、その山陰に柩を送って行く慣行との間には、多分関係が有ったらうと私は思ふのである。さうして形骸が消えて無くなると共に、次第に麓の方から登り進んでしまひに天と最も近い清浄の境に安らかに集まっておられるものと我々は信じて居た」(『先祖の話』)と論じてゐる。

 

祖霊崇拝と山岳信仰、天上への憧れの心は実に密接であり、一体の信仰と言って良い。わが国の現実に山々が実に美しい姿であるからかかる信仰が自然に生まれたのである。

 

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