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2014年9月15日 (月)

「台灣の近代美術―留学生たちの青春偶像」及び「木版ぞめき」展ーを参観

上野公園の東京藝術大学美術館で開催されている「台灣の近代美術―留学生たちの青春偶像」展を参観した。この展覧会は、「20世紀前半の東京美術学校には、中国、台湾、韓国などからの学生も勉学していて、とりわけ油彩画技術の習得に研鑚を積んでいました。彼らは帰国・帰郷後に、激動の時代の中でそれぞれの道を歩みながら、西洋美術を母国に普及させることに貢献して、東アジアの近代美術を開花させてきました。しかし、その実績・功績などは今日にいたっても未だに十分に検証されたとは言えません。そこでこの企画は、東京藝術大学大学美術館と国立台北教育大学・北師美術館が共同で、台湾からの留学生の主要な作品約50点を東京藝術大学大学美術館に集めて、留学生たちの軌跡と台湾における近代美術の展開を紹介することを試みます。日本の近代美術にも新しい視野が広がる意義のある企画ですが、今日でも我が国では調査研究が不十分な分野ですから、多くの方々にこの展覧会を見ていただいて、今後の研究の発展への貴重な里程標になることを期待いたします」(案内書)との趣旨で開催された。

顔水劉、劉錦堂、陳澄波などの「...自画像」、陳澄波「嘉義の町中」、李石樵「合唱」「市場の入口」、劉錦堂「台湾遺民図」、廖継春「芭蕉の道」、黄土水「釈迦出山」などが印象に残った。李石樵の「合唱」は、子供たちが歌を歌っている姿がとても愛らしかった。陳澄波の「嘉義の町中」は古き良き時代の台湾嘉義の町の風景が美しく描かれていた。陳澄波氏は、二二八事件で銃撃され殺されたという。

東京美術学校に留学してきた台湾の人々は、戦後、それぞれ色々な生き方をした。日本で活躍した人、大陸に渡った人、パリに赴いた人などがいる。もちろん、台湾で活躍した人が一番多い。国立師範大学などで美術の先生をした人が多いようである。台湾留学生は、東京美術学校に合格する前に、川端画学校で学んだ人が多い。川端画学校は、明治四二年に、日本画家の川端玉章が小石川富坂町開いた画塾である。

自画像が多かったが、これは卒業制作で自画像を描くことになっていたらしい。それぞれ別の道を歩んだ台湾字留学生たちが、この展覧会で自画像同士で物言わぬ再会を果たしたことになる。

台湾の故宮博物院の展覧会が近く東京国立博物館で開催されているので、この美術展が開催されたのであろうか。近代台湾の歴史を偲ばせる作品が多かった。

 
上野公園の東京藝術大学美術館で開催されている「台灣の近代美術―留学生たちの青春偶像」展を参観した。この展覧会は、「20世紀前半の東京美術学校には、中国、台湾、韓国などからの学生も勉学していて、とりわけ油彩画技術の習得に研鑚を積んでいました。彼らは帰国・帰郷後に、激動の時代の中でそれぞれの道を歩みながら、西洋美術を母国に普及させることに貢献して、東アジアの近代美術を開花させてきました。しかし、その実績・功績などは今日にいたっても未だに十分に検証されたとは言えません。そこでこの企画は、東京藝術大学大学美術館と国立台北教育大学・北師美術館が共同で、台湾からの留学生の主要な作品約50点を東京藝術大学大学美術館に集めて、留学生たちの軌跡と台湾における近代美術の展開を紹介することを試みます。日本の近代美術にも新しい視野が広がる意義のある企画ですが、今日でも我が国では調査研究が不十分な分野ですから、多くの方々にこの展覧会を見ていただいて、今後の研究の発展への貴重な里程標になることを期待いたします」(案内書)との趣旨で開催された。

顔水劉、劉錦堂、陳澄波などの「自画像」、陳澄波「嘉義の町中」、李石樵「合唱」「市場の入口」、劉錦堂「台湾遺民図」、廖継春「芭蕉の道」、黄土水「釈迦出山」などが印象に残った。李石樵の「合唱」合掌は、子供たちが歌を歌っている姿がとても愛らしかった。陳澄波の「嘉義の町中」は古き良き時代の台湾嘉義の町の風景が美しく描かれていた。陳澄波氏は、二二八事件で銃撃され殺されたという。

東京美術学校に留学してきた台湾の人々は、戦後、それぞれ色々な生き方をした。日本で活躍した人、大陸に渡った人・パリに赴いた人などがいる。もちろん、台湾で活躍した人が一番多い。国立師範大学などで美術の先生をした人が多いようである。東京美術学校に合格する前に、川端画学校で学んだ人が多い。川端画学校は、明治四二年に、日本画家の川端玉章が小石川と美坂町開いた画塾である。

自画像が多かったが、これは卒業制作で自画像を描くことになっていたらしい。それぞれ別道を歩んだ台湾字留学生たちが、自画像同士で物言わぬ再会を果たしたことになる。

台湾の故宮博物院の展覧会が近く東京国立博物館で開催されているので、この美術展が開催されたのであろうか。近代台湾の歴史を偲ばせる作品が多かった。

『木版ぞめき』展は「日本の水性絵具による伝統木版は、極東の地で和紙と共に成熟を重ね独自な形で発展を遂げました。いつしか『日本の文化』と言われるようになり、伝統として今に繋がっています。和紙と水性絵具が触れることで出来上がる、柔らかくユニークな木版が確立したその周辺で人々は、心を揺らし魅了されました。木版は時代時代で人々を騒がせた、いや、木版を以て人々が『ぞめいた』のです。そんな木版を獲得した日本で、いったい何が起こったのでしょうか。現在世界的に木版画制作者が増加している状況に応答するように、アーティストの視点から材料や技法に焦点を置き、歴史的学術的陳列から解放することで、『なぜ、ユニーク』で『どうして面白いのか』を検証し、木版の持つ本質的な魅力に迫ります。展示室を7つのテーマに分け、それぞれに作品や関連したモノを陳列展示することで木版を、より多面的に紹介し制作者・鑑賞者の双方にとって新しい発見の場となるように構成します」(案内書)との趣旨で開催された。

喜多川歌麿、鈴木春信、菱川師宣、歌川国芳、棟方志功などの版画、カー版画が描かれた千社札、源氏物語絵巻、ポチ袋(祝儀袋)などを参観。

木版画が日本独自のものであるどうかは知らないが、浮世絵にしても広重の風景画にしても、素晴らしいものが多い。川面義雄という人の「源氏物語絵巻」は見事であった。江戸時代の美人画は、とても顔が長く口が小さい。当時はこういう女性が美人とされたのであろう。

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