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2014年9月29日 (月)

今日における「脱亜論」とは「脱支那論」であり、「大アジア主義」とは「中華帝国主義打倒」である。

本日行われた『日本の心を学会』における小生の講演でもっとも言いたかったことは次のことである。

                ◎

國史を省みるとわが國が支那大陸に深入りするとろくなことがなったことは事実である。これまでの歴史で、日本が大陸に深く進出して成功したためしはない。亡國の危機に至る事さへあった。特に昭和前期の日本は、軍事的・政治的に大陸に深入りし、ソ連・中共の謀略に引っかかり、泥沼の戦ひとなって日米戦争にまで進み敗北した。さらに戦後日本は、「日中國交回復」以後、経済的に深入りして金と技術を支那に投入し、共産支那を軍事大國にしてしまった。その結果、かへってわが國の安全と独立が脅かされてゐる。

 

日本近代には、欧米列強のアジア侵略植民地支配を打破するために、アジア諸國・諸民族が連帯し、アジアを解放しやうといふ「大アジア主義」といふ思想があった。この思想の根源となってゐるのは『大西郷遺訓』の「文明とは道の普(あまね)く行はるるを言へるものにして、宮室の荘厳、衣服の美麗、外観の浮華を言ふには非ず。世人の西洋を評する所を聞くに、何を文明と言ひ、何を野蛮と言ふや、少しも了解するを得ず。真に文明ならば、未開の國に対しは、慈愛を本とし、懇懇説諭して開明に導く可きに、然らずして残忍酷薄を事とし、己れを利するは野蛮なりと言ふべし」といふ思想である。

 

明治維新は、アジアを植民地化せんとしてゐた西欧列強に抗して祖國の独立を守るための大変革であった。維新に成功した日本が、欧米列強による植民地支配に呻吟するアジア諸國・諸民族を解放しようといふ思想が「大アジア主義」である。この思想は頭山満などによって継承され実践された。

 

頭山満をはじめわが國の維新運動指導者は、インドのビハリ・ボース、支那の孫文、朝鮮の金玉均などを支援し、インド、支那、朝鮮の独立と近代國家建設に協力した。福沢諭吉も、当初は金玉均などの改革派を支援した。福沢諭吉の『脱亜論』は、朝鮮の守旧派が、福沢が支援した金玉均などの改革派を弾圧し、無残に粛清した事への絶望と怒りがその根底にある。

今日の支那・朝鮮の國内情勢、支那によるわが國などアジア諸國に対する悪行を見ると、福沢諭吉の「脱亜論」における激語も理解できる。福沢の「欧化主義」「文明論」は、「西洋文明」の東漸即ち欧米列強のアジア侵略に対する抵抗であった。

 

「脱亜論」と「大アジア主義」とは相対立する思想であるとされてきたが、西欧列強のアジア進出から如何にして祖國の独立を守るかといふ根本姿勢は共通する。

 

頭山満の令孫である頭山統一氏は、福沢諭吉の『帝室論』と『尊王論』を一本にまとめて、昭和六十二年に島津書房より刊行された『日本皇室論』の「解説」において次のやうに論じた。「『西洋事情』『学問のすすめ』『文明論の概略』は、西郷南洲の愛読書だったことは、よく知られているし、西郷が鹿児島私学校の子弟を多数、慶応義塾に留学させていたことも西南戦争直前の慶応義塾の学籍簿から、はっきりと知られる。同様に、明治大帝を追って夫人とともに殉死したその一事で、合理第一主義の先生とは、まったく対極に位置する乃木大将が、『帝室論、尊王論』の精読者であった事実は興味深い。乃木大将は。時事新報が明治四十四年二月三日に発行した『帝室論、尊王論』を発売と同時に求め、二月六日には読了している。(学習院図書館蔵、乃木院長記念図書)大正三年、学習院輔仁会編の乃木院長記念録に載せられた、大森金五郎(当時、学習院教授)の記述から一部引用する。院長の曰く『福沢は拝金宗の人とのみ思ひしに、かかる考も持ち居たるなど。これその一世に尊崇せられたる所以なり。其の所論を見るに往々嫌になる比喩も無きにあらねど、全般に於て論旨徹底逼(せま)らず激せず、綽綽として余裕あり、説き起し、説き去る所、其の人格の程を想見すべし』と。大将自身が、先生のことを、思想的対極にある人物として偏見を持って見ていたことが分かるし、その論を読んで始めて先生の思想に対する理解と敬服の念を覚え、部下、学生の一読を求めたことが知られて興味深い」と。

西郷隆盛・頭山満といふ維新の道統を継承し、且つ、大アジア主義の実践者であった人々と「脱亜論」を唱へた福沢諭吉とは対極にあると思はれたが、実際は、相共鳴するところがあったのである。

 

「脱亜論」は、日本を西欧化し近代化を成し遂げて、独立を守るといふ思想である。これを「夷を以て夷を制す」(「夷」とは西洋の事で、西洋文明を取り入れ日本を近代化して西洋からの侵略を制する)と言ふ。「大アジア主義」は、アジア各國各民族が団結連帯協力して残虐酷薄なる西欧列強の侵略を制するといふ思想である。

 

今日唯今においては、「脱亜論」と「大アジア主義」のどちらの考へ方も正しい。今日、「道徳さえ地を拂ふて殘刻不廉恥を極め」(「脱亜論」)、アジアを「残忍酷薄」「野蛮」(「大西郷遺訓」)に侵略し支配せんとしてゐる國は、欧米にあらずして共産支那である。そして韓國はその属國に成り果てようとしてゐる。かかる「亜細亜東方の悪友を謝絶する」べきである。そして、他のアジア諸國およびアメリカと同盟関係を深めて、中華帝國主義のアジア侵略の野望を撃ち砕くべきである。これが今日における「脱亜論」と言ふよりも「脱支那論」であり「大アジア主義」ある。

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