« 千駄木庵日乗九月二十一日 | トップページ | 千駄木庵日乗九月二十二日 »

2014年9月22日 (月)

朝倉彫塑館参観記

今日参観した朝倉彫塑館は朝倉文夫のアトリエと住居だった建物。朝倉は東京美術学校を卒業した1907(明治40)年、24歳の時にここ谷中の地にアトリエと住居を構えた。没後、昭和42年に故人の遺志により自宅を朝倉彫塑館として公開され、現在は台東区に移管されている。平成13年に建物が国の有形文化財に登録され、平成2年には敷地全体が「旧朝倉文夫氏庭園」として国の名勝に指定された。平成21年から平成25年にかけて保存修復工事を行い、耐震補強を施し、朝倉生前の姿に近づけて文化財的な価値を高めているという。(案内書による)

 

朝倉文夫は、明治16年、大分県大野郡池田村(現豊後大野市)に生まれた。明治40年に東京美術学校(現東京藝術大学)卒業。近代日本の彫刻家の第一人者として活躍した。人物像や猫の彫刻が多い。昭和23年には彫刻家としてはじめて文化勲章を受章し、昭和3981歳で他界した。

 

朝倉彫塑館は、私の住む千駄木の隣町の谷中にあるので、何回も参観している。ただ五年間にわたって行われた保存修復工事の後は、今回が初めての参観である。当然の事ながら、建物内部も、庭の様子も、工事前と全く変わっていない。

 

アトリエの部分は、洋風建築、住居の部分は和風建築であり、和洋折衷の建物。庭には水が涌いており、池がある。

 

入り行くと、すぐに父母の像、朝倉文夫の代表作である「墓守」像もある。谷中霊園の墓守の姿が刻まれている。そして、秩父宮雍仁親王殿下・滝廉太郎・大隈重信・福沢諭吉・双葉山定次・松井須磨子などの像が展示されている。

 

写実作品であり、墓守像などは今にも動き出しそうに思えた。彫刻を見ると何時も思うのだが、絵画や写真の人物像は大体正面から見たものが多く後姿や横顔はあまり描かれないのだが、彫刻は、横顔や後姿を見ることができる。一万円札の肖像画になっている福沢諭吉像を見てあらためてその事を実感した。

 

書架が生前のままの状態で残されており、「広文庫」など数多くの貴重な文献が置かれていた。小生が書生をしていた野依秀市先生と、朝倉文夫氏とは、同じ大分県出身なので親交があり、野依先生の著書『仏教と社会と人生』が置かれていたことも嬉しかった。また野依先生が経営していた実業之世界社から発行された三宅雪嶺氏(哲学者)著『妙世界建設』『雪嶺絶筆』という本も置かれていた。

 

私邸部分の和室・屋上庭園などを参観。屋上からの眺めは素晴らしい。

 

そこで一首

 

「秋の日の谷中の町の彫塑館 この世を去りし日と並びゐる」

140921_161001
朝倉彫塑館入口

140921_152001_2
朝倉氏の私邸玄関

140921_152801
お庭

140921_1549030001
屋上からの眺め(屋上にも彫刻が展示されている)

140921_153401
二階からの庭の眺め

|

« 千駄木庵日乗九月二十一日 | トップページ | 千駄木庵日乗九月二十二日 »

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/121949/60354638

この記事へのトラックバック一覧です: 朝倉彫塑館参観記:

« 千駄木庵日乗九月二十一日 | トップページ | 千駄木庵日乗九月二十二日 »