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2014年9月 1日 (月)

天皇・皇室と和歌

和歌は、伝統の継承と創造とは一体の文藝である。歌を詠む人は、先人の和歌を手本として学ぶ。和歌の原点を常に顧みながら新しい創造を行なってきた。即ち伝統と創造が一体になってゐる。ここに和歌文学の特質がある。日本人は伝統の継承から創造を学んだ。和歌はその典型である。

 

これは、皇位継承・伊勢の神宮御遷宮と相似である。日本天皇の肉身はやがてお隠れになられるが、皇位は不滅であり皇統連綿であり萬世一系である。先帝がお隠れになると新帝が即位の大典を執行され大嘗祭を行はれることによって、新しき肉体であらせられながら邇邇藝命以来の皇統を継承される。伊勢の皇大神宮は、御祭神の天照大御神の御神霊は永遠であるが、神殿は二十年ごとに造り替へられる。

 

伝統を継承しながら、常に新たなる生命が甦るといふのが、わが国の皇位であり、伊勢の神宮であり、和歌なのである。これは他国には見られないわが日本の特質である。わが國の國體が万邦無比であるといふのは事実なのである。

 

和歌は天皇・皇室を中心に継承されて来た。古来、わが国に於て幾度か『勅撰集』が編纂され撰進された。和歌の中心に常に天皇が存在し、和歌集の多くは勅撰によって成立した。

 

天皇の国家統治の基本に和歌がある。和歌は天皇の国家御統治と一体である。天皇国家統治をやまとことばで「きこしめす」「しろしめす」と申し上げる。天皇の御心を民に示し、民の心を天皇が知り給うために実に和歌が重要な役割を果たしたのである。天皇の国家統治は和歌とは切り離し難く一体である。天皇の国家統治は、西洋や支那の皇帝・國王のように権力・武力によって国民と国土を支配するのではない。日本天皇は、「祭祀=まつりごと」と和歌といふ二つの信仰的精神的営為によって国民と国土を統治されるのである。

 

本居宣長は「もののあはれを知るといふことをおしひろめなば、身ををさめ、家をも国をも治むべき道にわたりぬべきなり。…民のいたつき、奴のつとめをあはれとおもひしらむには、世に不仁なる君はあるまじきを云々」(『源氏物語玉の小櫛』)と論じてゐる。

 

宣長は「もののあはれを知る」心が日本人の道義精神の原理であり、さらには政治の原理であるとしてゐるのである。天皇が和歌を詠ませられるとともに、『勅撰和歌集』の撰進が行はれたのは、まさに天皇が「もののあはれを知る心」を養ひたまひことを国家統治の基本とされたといふことである。

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