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2014年9月23日 (火)

日本伝統信仰の自然崇拝の精神こそが、一神教同士の闘争による危機を救う原基となる

 砂漠の宗教たる一神教は、「血」による贖い(罪滅ぼし)を求める。「血を流すこと無しには罪の許しはあり得ない」とする。ユダヤ教もイスラム教も神の祭壇に羊を供える。ユダヤ教の祭司たちは動物を裂き、その血を流して身の罪をあがなってきた。

 

 イエス・キリストも自分の血を流すことによって人類の罪の許しを神に乞うた。だからイエスキリストは「神の子羊」といわれるのだ。キリスト教徒が神に捧げるパンと葡萄酒はイエスキリストの肉と血の象徴である。

 

 キリスト教国であるアメリカでは十七世紀に、マサチューセッツ州で清教徒による専制政治が行われ、「異端者」(非キリスト教)を絞首刑にしたり、「魔女」(民間信仰のシャーマン)を火炙り(焚刑・ふんけい)にした。

 

中川剛氏は、「近代アメリカは最も基本的に民主主義の制度は正にこの清教徒の専制政治の歴史的派生物であることをもし認識できないとすれば、それは歴史をひどく歪めることになるであろう。」(『憲法を読む』)と論じている。キリスト教に限らず、一神教とはこのように排他独善的にして残虐な側面をもつ宗教なのである。

 

 一神教の神は、その意志に反する者を、全能の力を以て処罰し抑圧し征服する。そして、その神を信じ、救いを求める者のみを救済する。この排他性によってお互いに攻撃し合っている。

 

 この三つの宗教の中で、キリスト教を信じた欧米社会が、科学技術文明を築き上げ、地球上の他民族を征服して、植民地として隷属させた。その歴史の過程において様々な侵略や戦争が繰り広げられた。

 

 一神教同士の対立と抗争がどれだけ多くの人々を殺し、人類に生き地獄の苦しみに落とし込んだか。宗教とは人々に安心立命・真の幸福とやすらぎを与えるものであるはずなのだが、一神教の歴史は逆に人類に不幸と殺戮を与えていると言える。

 

 テロ攻撃やそれへの報復戦争は、まさにそういう一神教の歴史が根底にある。つまり、一神教同士の戦争が今行われていると言える。

 

一神教国家ではなく多神教の国である日本の使命として、精神的宗教的に何を為し得るかを考えるべきであろう。

 

 

 同時多発テロが起った時、米国のアーミテージ国務副長官が柳井駐米大使(当時)に「ショー・ザ・フラッグ(日の丸を見せろ)」と発言した。『旗幟(きし)鮮明にせよ』という意味だったらしいが、言うまでもなく「日の丸」とはわが国の国旗である。わが国の国旗は太陽を形どっている。英語では、「the risingsun flag 」と言われている。わが国の伝統信仰たる神道は、太陽の神であられる天照大神を最尊・最貴の神と仰ぎ、皇室の御祖先神として崇めている。

 

「日の丸が見える支援」とは、わが国の伝統信仰の精神で一神教の対決と闘争の歴史に終止符を打つ使命を果たすことである。

                     

 日本神話を拝すれば明らかなように、天照大神は、唯一絶対・全知全能を誇る神ではない。八百万の神といわれる日本の神々の使命・性格を生かし高める神である。一神教の神のような裁きの神、妬みの神、復讐の神ではない。

 

 日本神話では天地自然や人間は唯一絶対神によって造られた存在ではない。人も国土も君主も伊耶那岐命・伊耶那美命二神から生まれ出た存在である。

 

 さらに神の御命令によって地上に天降られた邇邇藝命の最大の御使命は、地上を瑞穂の国すなわちみずみずしい稲の穂が稔る国にするというきわめて平和的な信仰である。邇邇藝命という御名には、稲穂のにぎにぎしさを讃え稲穂に籠る霊への信仰が内包されている。

 

 生命の永遠の循環と共同体の相互扶助を、身を以て体験する稲作生活から生まれた規範を大切にする日本民族の祭祀に、言葉の真の意味における平和の姿を見出すことができる。

 

 それは日本神話の言葉で言えば、「高天原を地上に実現する」ということである。この精神を発展させて、全世界を農作の栄える国とするという使命を日本が果たすべき時が来たといえる。お互いの神を排斥合うのではなく、同じ天地の神として尊重し合う精神を持たなければ宗教戦争は終焉を迎えない。否、終焉を迎えないどころか人類を滅亡に追いやる危険さえ含んでいる。日本伝統信仰の自然崇拝の精神こそが、一神教同士の闘争による滅亡の危機を救う原基となると信ずる。それが真の「ショー・ザ・フラッグ(日の丸を見せろ)」である。 

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