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2014年8月10日 (日)

『独立行政法人国立印刷局・お札と切手の博物館』を参観して

本日見学した『独立行政法人国立印刷局・お札と切手の博物館』は、「国立印刷局が大蔵省紙幣司の名で創設されたのは、明治四年のことです。我が国において近代的な銀行券や郵便切手が誕生したのも、やはり同じ頃のできごとです。それから140年、国立印刷局は日本のお札づくり、切手づくりに一貫して携わり、その製品と共に歩んできました。その結果、今日に至るまで製造された数々の製品は、お札や切手の歴史、印刷技術の歴史を物語る貴重な資料となっております。…展示室では、お札、切手、証券など、国立印刷局が製造した各種製品と、明治期以前のお札、諸外国のお札や切手、お札の製造と深いかかわりをもつ銅版画など、様々な資料を展示し、お札の歴史、偽造防止技術などについて解説しております」という施設である(案内書)

 

貨幣や切手の歴史を語る資料が展示されていた。日本最初のお札である「山田羽書」(四百年前の江戸時代初期に伊勢の大商人が発行し、伊勢皇大神宮の門前町の名前を冠し、その信用により山田で使われたという)、江戸時代の藩札などを見る。そして明治十年に発行された近代日本第一号のお札は、海軍の兵士が描かれていた。

この後、大日本帝国国立銀行が発行した紙幣に描かれた肖像画は次の通りである。

神功皇后(明治十四年発行)、菅原道真 (明治二十一年発行)、武内宿禰(明治二十二年発行)、和気清麻呂(明治二十三年発行)、藤原鎌足(明治二十四発行)、聖徳太子(昭和五年発行)、日本武尊(昭和二十年発行)。全て天皇国日本に功績のあった方々の肖像画である。

そして大東亜戦争後は、占領軍の意向により、聖徳太子以外の肖像画は改められ、二宮尊徳、板垣退助、岩倉具視、高橋是清などとなった。小生は、これらの肖像画が描かれたお札を見た記憶があるし、聖徳太子の尊像が描かれたお札は長く使った。しかし、高橋是清の肖像画が描かれたお札は見たことがない。あまり通用しなかったのであろうか。

山村明義氏は奇しくも今日の『ブロク』で「江戸時代後期に活躍した二宮尊徳公は、現在でも神奈川県小田原市などに鎮座された(報徳)二宮神社の御祭神で、私の好きな人物の一人ですが、尊徳公をめぐる戦後史の動きには、実は大きな謎が残っています。一つは、なぜ戦後日本初の「新一円札」が尊徳公だったのかという点です。下の写真は、戦前までの武内宿禰公の一円札(昭和17年発行 武内宿禰公を御祭神に祀る鳥取県宇倍神社提供)ですが、戦後は右の写真のように、二宮尊徳公(昭和21年3月発行)になっています。当時、日本銀行には通貨発行権が事実上なく、GHQがその肖像画の人物を決めていました。勤勉と尊皇報徳の精神で有名な尊徳公は、戦後になって日教組や共産党に疎んじられ、戦前にあった小学校での銅像など撤去されてしまった人物ですが、なぜかGHQは占領初期から尊徳公を好んで使っていたのです。この点は、左翼中心の現代史の『謎の空白』です。今回の『GHQの日本洗脳』では、第7章の『経済篇』でその謎に挑みました。私自身の答えは、『尊徳公の勤勉の精神は、GHQの日本占領政策に大いに利用出来たから』というもの。現代史の解釈は、実はこのような謎や常識を覆すものが、いまだに多いのです。本をご覧になった方も、ご覧になっていない方も、忌憚のないご意見や情報提供などを頂き、日本人有志の皆さんと一緒に話し合いながら、GHQと左翼に奪われた日本の新たな真の現代史を作って行きましょう!」と書いておられる。

外国の貨幣や切手も多数展示されていた。英国はエリザベス女王、かつてのイランはパーレビ皇帝の肖像画が描かれていた。わが国近代の紙幣には、前期の通り、功績があった臣下の肖像は描かれているが、上御一人の御真影は描かれていない。切手も同じである。手垢やスタンプなどによって「天皇の尊厳性」が侵されると考えたからであろう。

貨幣・お札とはその本質は、発行した國の政府の信用が根幹となった手形であり証書であることが分かった。

 

王子は、王子製紙の創業地(明治六年)でありその工場があった。明治九年にお札の紙をつくる製紙工場として国立印刷局王子工場が創設された。王子に何故製紙工場が造られたかというと、近くを流れる石神井川の水を製紙に利用するのに便利だったためと、同じく近くを流れる荒川(現在の隅田川)の舟運の便が活用され、紙製品の運搬に便利だったためという。

 

近代日本発展の重要要素としての製紙、及び貨幣と切手の印刷は、王子において発達したということである。渋沢栄一は、大蔵少輔事務取扱・初代紙幣頭(後の印刷局長)として造幣局の草創期に関わり、王子製紙の創業者でもある。その渋沢栄一は王子製紙の工場を眼下に眺めることが出来る飛鳥山に居を構えた。

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