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2014年8月12日 (火)

日本人にとっての「他界」とは、海の彼方であり、天上である

「天」と「海」は両方とも「アマ」と讀む。天と海とは分かち難く捉へられた。何故かといふと、天と海とは水平線で一つになるからである。海の彼方は天とつながる。海の彼方への憧れは他界への憧れである。海の彼方には異郷がある、竜宮世界がある、常世(永遠の世界)があると信じた。

 

浦島太郎は、海の彼方の竜宮城・常世に行ったら老いなかった。永遠の若さを保った。日本人には世界が海の彼方にあるといふロマン精神がある。もう一つの「アマ」である「天」も同じである。天上世界・高天原がある。

 

島國に住む日本民族は海の彼方に憧れを抱いた。岡潔氏は、日本民族は超古代には、はるか海の彼方の南方から渡って来た人々であると説いてゐた。海への憧れから生まれた神話がある。「海幸彦の神話」がそれである。

 

また、日本には北方から来た人々もゐた。この二つの人々が合体して今日の日本民族になったといふ説がある。北方から来た民族は、天上に理想の世界・神の世界・永遠の世界があると信じた。その信仰から生まれたのが「天孫降臨の神話」である。

 

日本人にとっての「他界」とは、海の彼方であり、天上である。海の彼方を龍宮界と言い、海の神々の住む不老の世界として憧れた。天上の世界を高天原と言ひ、天の神々の住む世界として仰いだ。そして、海の神は海の彼方から来たり海の彼方に去り、天の神は天に昇ったり天から降ったりするのである。古代日本の神話にそれは記されてゐる。

 

天津日子であられる邇邇藝命は「筑紫の日向の高千穂の霊(く)じふる峰に」天降られた。この神話は如何に日本人が天上の他界を憧れてゐたかを証明する。古代日本人は天に憧れてゐたがゆへに、大和地方において神聖な山と仰がれてゐる大和三山の内最も神聖であるとされる香具山は、「天香具山」と言われ、わざわざ「天」の字を上に乗せている。香具山は天に通じる山であると信じられたのである。

 

天への憧れを端的に表現した歌は、平安時代の女性歌人・和泉式部の「つれづれと空ぞ見らるる思ふ人天降り来むものならなくに」(ただ茫然と空を眺めてゐる。恋ひ慕ってゐる人が天から降ってくるわけでもないのに、といふほどの意)といふ歌であらう。天への憧れと恋人への思慕の情が合体した歌である。

 

 日本民族の主神であり皇室の御祖先神である天照大神は、伊耶那岐命が海辺での禊で右目を洗はれた時に生まれられた神であるといふ神話がある。これは日本人が海を神聖なる世界として憧れてゐたことを証明する。

 

 先述した如く、日本民族は、東南アジアから海を渡って来た人々と、山の多い内陸アジアから朝鮮半島を経て渡って来た人々との混合であると言はれている。海への憧れは遠い海の彼方の東南アジアから渡って来た人々の抱いた他界へのロマン精神であり、天上への憧れは内陸アジアから渡って来た人々の抱いた他界へのロマン精神であらう。

 

 日本人は、「海」と「天」に憧れ、「海」と「天」を一つのものとして把握したので、海で働く「海士・海女」を「アマ」と言い、天を「アマ」と言ふのである。

 

 海の果ては空の果てと同じなのである。それは海岸に立って水平線を眺めると、天と海が分かち難く一続きに見える事からも想像される。海の彼方の理想國・永遠の世界即ち「常世」は、水平線を越えて、天空につながったのである。そして山間に住む人々の天上への憧れと一つのものとなったのである。

 

 この二つの系統が日本人の他界観に流れてゐる。前者を水平型思考他界観と言ひ、後者を垂直思考他界観と言ふ。日本人の他界への憧れはそれが重層的な重なってゐると言はれてゐる。時期的には海への憧れの方が早く天上への憧れは新しい時期であらう。 

 

何故なら、東南アジアや大陸から来た人々は、最初は日本列島の海辺に生活してゐたから、自分たちの祖先の故郷である海の彼方を恋しく思った。この海の彼方への憧れが浦島太郎の説話などを生んだのである。

 

その後、次第に海から離れ日本列島の山間部に住むようになる、山の上即ち天上の世界に憧れを抱くようになったと思はれるからである。この天上への憧れ・ロマンが高天原神話を生んだのである。つまり日本神話及び日本人の他界観には、北方アジア的要素と南方アジア的要素が混淆してゐるのである。

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