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2014年8月 7日 (木)

日本国が立憲君主国家であることを否定し、天皇陛下を政治利用した後藤田正晴

後藤田正晴は、イラン・イラク戦争の時、海上自衛隊の掃海艇をペルシャ湾に派遣する問題が浮上した際には、「私は閣議でサインしない」と猛烈に反対し中曽根総理(当時)に派遣を断念させたという。さらに、湾岸戦争の時アメリカから「自衛隊派遣を要請」された際にも、後藤田は「アリの一穴になる」と言って強硬に反対したという。

 

では後藤田とはどういう人物か。後藤田は、平成十二年十二月五日号の『日本経済新聞』で、中央省庁再編に関するインタビューに答えて、「まず大臣という名前を変えたらどうか。だれの臣下ですか?行政の長なんだから『長官』でいい」などと述べた。

これは天皇を君主と仰ぐ神代以来の日本國體を否定し、さらに「現行憲法」体制においても日本は立憲君主國であるという事実を否定する許しがたい発言である。社民党や共産党や極左分子がこのような発言をするならともかく、警察庁長官・内閣官房長官・自治大臣・内閣副総理を歴任し体制側の頂点に立ったと言ってもいい政治家が、國體否定の思想をもっていたのである。

 

高橋紘一氏はかつて次のように論じた。「(注・天皇は宇佐美毅宮内庁長官を)『律儀者』と評したという。しかし彼の頑迷さは皇室を『政治外』に置くことに効があった。宇佐美が退いて一〇年、最近、皇室が政治に巻き込まれる例が目立つ。皇太子訪米が外務大臣と米大統領の会見で出たり、皇太子訪韓を故意にマスコミにリークし、〝自然承認〟させたりする。『在位六〇年式典』の日取りを、中曽根首相の政治日程に合わせるなど、論外である。…政治家の皇室利用に対して宮内庁幹部は厳然たる態度をとらねばならない」と論じた。(「人間天皇演出者の系譜」・「法学セミナー増刊・天皇制の現在」昭和六一年五月発行)

 

中曽根内閣当時の内閣官房長官は後藤田正晴であり、宮内庁長官は富田朝彦であった。富田は、宮内庁長官時代、カミソリとはいれた元の上司・後藤田正晴官房長官に対等にものが言える立場ではなかったであろう。部下同然に対応されたのではないか。そして政治権力・官邸が、畏れ多いことではあるか、天皇・皇族対し奉り、政治権力・官邸の意のままにしようとしたのである。その富田朝彦の遺族は「富田メモ」とやらを「日経新聞」に売り渡したのである。

 

私は、日共・社民などの國體破壊勢力が許せないのは言うまでもないが、権力の中枢にはびこっていた反國體勢力、皇室を蔑にする権力者はもっと許せないと思っている。自民党政権においては後藤田正晴、民主党政権においては小沢一郎である。彼らは実際に権力を掌握していたが故に、天皇・皇室を「政治利用」するのみならず、不敬行為・國體隠蔽を現実に実行したからである。かつての江戸時代の徳川幕府による朝廷圧迫を想起する。

余談だか、後藤田は、内務官僚として奥野誠亮先生の一期後輩である。同じく東京帝国大学法学部卒業で、同じ年代で同じような人生を歩んでいる。しかし、奥野先生は、尊皇の政治家であり正しき国家観・歴史観を持っておられる。後藤田は全く逆である。また、安保国防でもおかしな主張をし、典型的な「媚中政治家」であった。

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