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2014年8月16日 (土)

祭政一致と政教一致の違い

政教一致と祭政一致とは根本的に異なる。「政教一致」とは、政治権力と宗教教団が一致することである。「祭政一致」とは、祭祀が政治権力を清浄化することである。

 

具体的に言えば、「政教一致」とは、ある一つの宗教団体が政治権力を掌握することであり、そうなるとその教団以外の信仰組織の存在は認められないか或は圧迫される危険がある。

 

「祭政一致」は、祭り主であらせられる天皇陛下の御聖徳を政治権力者が常に仰ぎ奉ることであり、それによって政治権力の横暴、腐敗が防止されるのである。そして政治の道義性を維持し高める

 

折口信夫氏は次のように論じている。「宮廷の公の仕事が「まつり」だが、だから日常、宮廷に出て、公家の人たちが政務をとることも『まつりごと』であった。宮廷へ出て政務をとることが、一つの祭りの執行であった。…それだからおのずからそこに精進の生活をする必然がおこってくる」「『大臣』(おほおみ)の『臣』は、大忌人だ。…神事にあずかる人で、身分の高い人が大忌、略して『臣』が出てくる」と論じている(『折口信夫全集・ノート編追補一巻』「物忌み」の職掌)

 

『大臣』という言葉の原義は、天皇の神聖なる祭祀に奉仕する身分の高い人の事である。政治権力の弛緩、堕落、軽佻浮薄な衆愚政治=今日流行りの言葉で言うと「ポピュリズム政治」、そして権力の横暴、国策の誤りを出来得る限り防止するためは「祭政一致」という日本の國體を回復するべきである。

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