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2014年8月 3日 (日)

日本と韓国は、伝統信仰・根源的な民族信仰において異質である

今日、呉善花女史から、「韓国人には、『水に流す』『潔い』という発想はない」という話を聞いた。

 

日本伝統信仰の祭祀で唱えられる「大祓の詞」には、「此く持ち出で往なば荒潮の潮の「高山の末。低山の末より。佐久那太理に落ち多岐つ。早川の瀬に坐す。瀬織津比売と伝ふ神。大海原に持出でなむ。八百道の八潮道の潮の八百曾に坐す。速開都比売と伝ふ神。持ち加加呑みてむ。此く加加呑みては気吹戸に坐す気吹戸主と伝ふ神。根国底国に気吹放ちてむ。此く気吹放ちては根国底国に坐す。速佐須良比売と伝ふ神。持ち佐須良比失ひてむ此く佐須良比失ひては。今日より始めて罪と伝ふ罪は在らじと。今日の夕日の降の大祓に祓へ給ひ清め給ふ事を諸々聞食せと宣る」と示されている。

 

人間の罪穢れは、激しい川の流れにから海に流し、さらに大海原の彼方に流し、神様に呑みこんで頂き、海底の國のいます神が祓い清めて下さるという信仰が書かれている。まさに罪穢れを「水に流す」ということが示されているのである。

 

日本人は「清浄」を尊ぶ民族である。人間はこの世に神から命を授かり、神の子として生まれてきているので本来清浄な存在なのだが、生きていくうえで色々な罪を犯し、穢れることがある。神を祀り、祝詞を唱え、禊を行うことによって、その罪穢れを祓い清めることができる、というのが日本人の信仰である。そしてその『禊』は水で罪穢れを流し去る行事である。

 

一言で言えば、日本伝統信仰は、「水に流す」ことによって、罪穢れを祓い清めることができるという思想である。日本人は「潔さ」を最高の美徳とする民族である。韓国人はそういう所がないという。 

 

さらに、「韓国のキリスト教は、新教(プロテスタント)が主で、旧教(カトリック)は広まっていないのは、韓国は男尊女卑の國であり女性を崇めることを嫌うので、カソリックの『マリア信仰』を受け入れないからである」という話をうかがった。

 

わが国の伝統信仰は、天照大御神という女性神を最高神・皇室の御祖先神として崇め奉っている。わが国には女性蔑視の思想は根源的にあり得ない。

そもそも我が国と韓国との、キリスト教徒の数の違いは、精神文化の違いを明瞭に示している。韓国はキリスト教徒が強大な勢力を持っているが、日本ではキリスト教徒は少数である。この違いは一体どういうことであろうか。もっとも韓国のキリスト教はオカルト的な教団が多いという。再臨のキリストとか生き神といわれる人が多いという。

 

このように、日本と韓国は地理的には近隣国家であるが、根源的な伝統信仰・精神文化においては異質である。この事をきっちりと認識すべきと思う。

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