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2014年8月 1日 (金)

日韓関係と「事大主義」

日本と韓国とは近親でも身内でもない。異文化・異民族であることをもっと確認すべきだ。当たり前のことだが、日本と韓国とは別の国であり別の民族である。地理的には近隣でも文化的・民族的には決して近隣国家ではない。

 

また、アジア・東洋でひとくくりにするのは誤りである。アジア諸国家・諸民族には文化・歴史・宗教などに大きな違いがある。それぞれ個性がある

 

日本人そして日本文化は排他的ではなく、非常に大らかで包容力がある。韓国人及び韓国文化は排他的・独善的である。

 

それが、日本近代は開国攘夷路線を推し進めて近代化を遂げ、他国の植民地にならず発展し、韓国近代は鎖国攘夷路線に固執したために近代化に失敗し、独立を維持できなかった原因である。

 

李氏朝鮮の鎖国攘夷路線、そして事大主義(じだいしゅぎ・小が大に事(つか)えること)という外交路線が韓国を滅ぼしたのである。

 

新羅・高麗・李朝など朝鮮半島に生まれた王朝の多くは、支那大陸の中原を制した国家に対して事大してきた。

 

漢城の西大門である敦義門のすぐ外、義州を経て北京に至る街道に建てられていた迎恩門とは、支那皇帝の臣下であり、冊封国であった李氏朝鮮の歴代の王が、明代および清代の支那皇帝の使者を迎えるための門である。迎恩門とは恩のある支那皇帝の使いが通る門という意である。

 

崔基鎬氏によると、迎恩門は朝鮮国王が三跪九叩頭の礼によって明代および清代の支那からの使者を迎えた場所である。

 

その迎恩門に隣接して建てられていた慕華館は、清の使節団が滞在する建物である。慕華館とは字面を見ても明らかだが『中華を慕う館』という意である。

かくの如く李氏朝鮮は、支那の属国であった。

 

しかし日清戦争によって、韓国・朝鮮は清の桎梏下から脱し、独立を達成した。そして、「迎恩門」は破壊されて、その場所に独立を記念する西洋式の「独立門」が建立された。そしてその後、日本が統治したことによって韓国・朝鮮は近代化を遂げ発展したのである。今日、韓国はその事を日本に感謝することは全く無い。

 

韓国は近代になっても、強い方につくという事大主義という外交姿勢は変わらず、李氏朝鮮時代は支那、その後、ロシア・日本、そして戦後はアメリカ、さらに今日は支那というように「事(つか)える」相手を変えて来た。朴正煕は「自律精神の欠如」として事大主義を批判していたが娘は確実に事大主義を継承している。

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