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2014年8月 6日 (水)

倭太后の天智天皇への挽歌

和歌史上において別けても雄大にして意義の深い倭太后の天智天皇への挽歌

 

天皇、聖躬不豫(おほみみやくさ)みたまひし時、太(おほ)(きさき)の奉れる御歌 

 

(あま)の原ふりさけ見れば大君の御命(みいのち)はながく天(あま)()らしたり

(一四七)

 

第三七代・天智天皇がご病気になられた時に、皇后・倭太后(やまとのおほきさき)が奉られた御歌。

 

【聖躬不豫みたまふ】非常に重い病気になられた事。「聖躬」とは天皇の御體の尊称。【天の原】広々とした大空、限り無い天空のこと。単なる大空というよりも天に近い空という神聖性の意味が込められている。【原】「海原」「國原」と言うように広々としたところを言う。【ふりさけ見れば】「フリ」は、振り仰ぐことで、動詞の上に置いてその動詞を強める働きをする。「サケ」とは遠くを見る意。天空いっぱいの大空をふり仰ぐことを「ふりさけ見る」と言う。【大君】天智天皇。【御命】御寿命。【ながく】時間的長さ。【天足らしたり】天空いっぱいに満ち満ちてゐるなあという意。「足らす」は足るの尊敬語。寿命が満ち足りるという意味もある。

 

 通釈は、「天空をふり仰いでみると、大君の御命は永遠に天空に満ち満ちている」という意。

 

大君は現御神(この世に現れた神)であるという信仰から、自分の夫君ではあっても、皇后は天皇の御病気のご回復を祈られて、このような表現を行った。天皇は稲作生活を基本とする共同體である日本の中心におられて豊作を祈る祭祀主であられ、天地の神と一體の永遠の御存在であられるといふ信仰を持った。この御歌は、その信仰的真實を表現されたのである。

 

 この御歌の価値は、雄大なる信仰を表白したところにある。天智天皇に対する讃美であるとともに無窮の御命を祈願し祝福したのである。

 

 「聖躬不豫みたまふ」とは単に病が重いというのではなく、重態であるという事である。回復される見込みのない病気の時に「天皇の御命は天空に満ち満ちている」と歌われたのである。「かくあれ」と祈られたのではなく、「かくある」と信じ断定されている。これがこの御歌のすごいところである。御病気が直ろうと直るまいと、天皇の御命は天空に満ち満ちているという歌であり、御病気が早く癒えてくれ願うよりももっと高い次元におられて歌われたのである。

 

天皇の御生命が円満完全にして永遠の御存在であることを断定的に歌っておられる。「天皇の御命を長く生かしたまへ」と歌ったのではない。天皇の神聖性と生命の永遠性を歌っている。『萬葉集』の挽歌の中でも、これほど雄大にして力強く、古来からの日本民族の天皇信仰と生命観をうたいあげている歌は無い。

 

 天皇にお元気な本来のお姿に戻って頂きたいという祈りを歌ったと共に、たとえ崩御されても現御神としての天皇の御命は永遠不滅であるという信仰を歌ったのである。

 

 國土讃美の歌にもこのような信仰があった。「うまし國ぞ あきづ島 大和の國は」という舒明天皇の御製がそれである。「素晴らしく良い國であるぞ大和の國は」と断定的に歌っておられる。萬葉集初期の歌にはこのような強い信仰心が歌はれた歌が多い。

 

 天智天皇は、天智天皇十年(六七一)九月に発病され、十二月に、四十六歳で崩御された。この皇后の御歌は晩秋から初冬にかけての時期に歌われたと思われる。晩秋の青く澄んだ高い大空を見上げて歌ったのである。この歌の緊張感は澄み切った秋の大空をイメージしている。

 「天の原ふりさけ見れば」という上の句には心の充實感と張りがあり、「大君の御命はながく天足らしたり」という下の句には確信と豊潤な調べがある。上の句と下の句が合體して、揺るぎない格調を生み出している。古代人の生命観・天皇観が歌われていると共に、夫であられる天皇に対する妻としての強い愛が込められている。

 

わが國には言靈信仰があった。このような祈りの歌を歌うことによって、その言霊の力が病気を回復させると信じたのである。初期萬葉の歌は、単なる文芸作品として詠まれたのではなく、祈り・信仰的表白として歌われた。そうした上代日本人の和歌の極致的なものがこの御歌に集約されている。わが國和歌史上において、別けても雄大にして意義の深い御歌である。この御歌を拝すれば、天智天皇が暗殺されたなどという説は全くの虚構であることは明らかである。

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