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2014年8月13日 (水)

天皇の「國見」の意義

 『萬葉集』には、「見ゆ」といふ表現を用いた歌が多い。柿本人麻呂が石見の國からの帰途、明石海峡を通過した時に、「天離(ざか)る鄙(ひな)の長道(ながち)ゆ戀ひ來れば明石の門()より大和島見ゆ」(二五五)と詠んだ。瀬戸内海を航行して明石海峡にさしかかると彼方に金剛山地・葛城山脈が見える。その山の向かふが大和である。ああこれで故郷に帰って来たなあといふ感慨を歌った。

 

逆に大和を後にして石見に向ふ時に人麻呂は、「ともし火の明石大門(おほと)に入らむ日やこぎ別れなむ家のあたり見ず」と詠んだ。明石海峡に入って来て、後ろの方を見るともう故郷は見えなくなるなあ、といふ歌である。

 

萬葉人は「見る」といふ言葉を大事にした。「見る」といふ視覚が、人間が外界や環境を捉へるのに最大の感覚なのである。見ることによって環境を正しく捉へ対応することが出来る。「存在」は本質的に「見る」ことを前提にする。見えないものは存在しない。霊魂や魂は見えないが、肉眼では見えないだけであって、霊眼では見えると信じられた。

 

「見る」といふ言葉と感覚がいかに重要に考へられているかは、「味を見る」「触って見る」「やって見る」「話して見る」「嗅いで見る」といふやうに視覚以外の感覚を表現する場合にも「見る」といふ言葉が使はれることによっても明らかである。

 

従って、「見る」とは単に視覚の事だけではなく、対象物と一体になる、支配する、といふ意味も含まれる。上御一人の行はれる「國見」とはまさにそれである。

「國見」とは単に天皇が日本國の景色を眺められるといふのではなく、國土と一体となられ、國土を祝福し、そこに住む國民をの幸福を祈られる行事なのである。「國見」とはただ単に景色を眺めるのではなく、天皇が國を見渡して五穀の豊饒と民の幸福をお祈りし祝福する行事である。

 

「目は口ほどにものを言ひ」といふ言葉もあるごとく「見る」といふのは、対象物を認識する上で大切な行為である。

天皇統治の事を「みそなはす」(「御覧になる」・「見る」の尊敬語)といふ。荒木博之氏は、「上代人にとって<見る>とは『対象物の神性に感応し、その対象物を飽かず見ることによって、その神性をその清浄さをおのれが本性にとりこむこと」(『日本人の心情論理』)と解した。この論を引用して大原康男氏は「<見る>は…単に空間とかかわる視覚に尽きるものではなく、そこには鎮魂儀礼の要素が含まれている…」と論じてゐる。(『現御神考試論』)

 

 天皇が神聖なる天香具山に登られて「國見」をされることは、天皇が行はれる國土讃嘆の農耕儀礼・祭祀である。新しい年の始まりを知らせる「春のことぶれ」(春が来たことを広く知らせること)・天地一新の行事である。

 

祭祀主であり現御神である天皇が「國見」をされ祝福されることによって、國魂・國土が新たなる靈力を発揮し吹き返し新生する。國土が國が始まった時の若々しい命の姿に復元し新生し豊かな稔が約束されるのである。天皇が「國見」をされることによって國土の新生と五穀豊饒が實現する。

 

 つまり、「國見」は大嘗祭と同一の意義があり、天の神の地上における御代理即ち現御神(あきつみかみ)たる天皇が、國土に稲穂を豊かに實らせるといふ天の神から命じられた最大の御使命を實現するといふ天皇の統治にとって重大意味を持つ祭祀なのである。    

 

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