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2014年8月14日 (木)

この頃詠みし歌

うるほひの無き街厭ふ我にして飛鳥山の緑にやや安らぎぬ

 

夕立が過ぎにし道に水光り 歩み行くなるわが足軽し

 

八十歳を過ぎたる人が元気よくバイクに乗りて走りゆくなり

 

住みてゐし老婦人は何処に行きしやら向かひの家は壊されてゆく

 

向かひの家を壊す工事が始まりて轟音と共に街変り行く

 

花持ちてわが家を訪ね来し女(ひと)は恋人にあらず花屋さんなり

 

一つの言葉にとらはれて心落ち着かず炎天の下にバス待ちてをり

灯ともし頃家路を急ぐ我なれど待つ人無きしさみしかりけり

 

緑濃き皇居の庭に暫しの間やすらぎてゐる民草われは

 

夜の更けに日記書きつつ今日一日を省みる時の筆の音かな

 

新しき下駄履き歩めばカラコロと鳴る音すがしき真昼間の道

 

亡き父に似るわが顔を鏡にて見つつ偲べりそれその父を

 

わが父は大陸に戦ひ帰還して我を育てつつ生きたまひたり

 

半ズボンで道を歩けば心地良しわが町千駄木は夏盛りなり

 

わが部屋に掃除機をあてて喜べり埃とともに邪気も祓はむ

 

久しぶりに会ひたる人はやや太り我と同じき体形となりぬ

 

にじみ出る汗を拭きつつバスを待つ時の太陽の灼熱の光

 

家を壊す音聞こえ来る朝にして変はり行く街をさみしみてをり

 

母のゐまさぬ部屋に新しき花飾り一人見てゐる時のさみしさ

 

仏壇に新しき花供へまつり父の遺影を拝ろがみにけり

 

笑顔なる父の遺詠の傍らに花供へれば心やすらふ

 

丹波なる友より贈られし黒豆の甘きを愛する我にしありけり

 

胡麻豆腐口にふくめば美味きかな丹波の國の友思ひつつ

 

猛暑の日に観音堂に参り来て何時もゐる猫の姿見えざり

 

生い茂る樹木の中に鎮座する観音堂は母が護りゐし

 

何時も会ふバイク屋の主人今日もまた汗をかきつつ仕事してゐる

 

贈られし素麺を一人で食しつつ家族のなきをさみしみてゐる

 

このマンションも一人住まひの人多く國の将来を危ぶむ心

 

これがまあ短歌作品かと思へどもわが魂の訴へではある

 

靴を磨くことを喜ぶ我にして今日もピカピカの靴履きてゐる

 

貨幣と切手の博物館の前を通り我の財布の中身を思ふ

 

朝の太陽部屋のさし来る喜びに今日も一日生きむとぞ思ふ

 

母がゐまさば喜びたまふと思ひつつ贈られし桃を一人食すも

 

一人して藤山一郎の歌を聴く懐かしきかなその歌声は

 

昭和の御代を歌ひつぎ来し人の歌みな懐かしき歌詞とメロディー

 

親に感謝し兄弟と和せよと説く宗教その三代目は逆のことする

 

暑き日の昼餉の時にビール呑み喉(のみど)うるほす心地良さかな

 

はしゃぎつつしゃべりゐる男の許せざる言葉に憤怒の心湧きたり

 

いい加減なことを言ふなと心の中で叫びつつ黙してスピーチを聞く

 

閉めるために門はあるなりと人は言ふ閉めたままなら塀で良かろう

 

今日もまた萬葉集の歌を讀み心あらたまる我にしありけり

 

母上が住みてゐし部屋の窓を開き風を入れるが朝のつとめぞ

 

もう再びこの部屋に母は帰らぬと思へばさみしき今日の清掃

 

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