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2014年7月12日 (土)

ナショナリズムについて

「ナショナリズム」といふ言葉は言ふまでもなく外来語である。ナショナリズムを國語に訳すと「民族主義」「國家主義」である。「民族主義」「國家主義」といふ言葉は「愛國心」「祖國愛」といふ言葉と同様に近代以後に使はれ出した言葉である。

 

ナショナリズムは近代國民國家の形成と共に生まれた意識だから、近代國家が形成される以前にはナショナリズムは無かったといふ見方がある。日本ナショナリズムの形成は、幕末期以降とされる。つまり、日本ナショナリズムの勃興は、明治維新であるといふである。

 

しかし、國・民族・共同體が危機に瀕した時に興起する歴史意識・傳統精神を根底に置いた國家防衛・独立確保の主張と行動は、幕末期になってはじめて登場したものではない。白村江の戦ひや元寇の時にすでに勃興してゐる。

 

「尊皇攘夷」といふ言葉は、幕末期に起った日本ナショナリズムを端的に且つ正しく言ひ表してゐる。「尊皇攘夷」といふ言葉の起源は、中華思想の言ふ「北狄」や「南蛮」の侵略にあった古代支那(周の末期)の都市國家群・支那民族が、危機を乗り越えやうとした時の旗幟・スローガンである。ただし支那の場合は「尊王」と書く。

 

わが國の幕末期における「攘夷精神」とは、西欧列強といふ侵略者、異質の文化に直面した日本國民の國民的自覚と祖國防衛・独立維持の情念の噴出であり結集である。そしてそれは「日本は天皇を中心とした神の國である」といふ國體観に立脚してゐた。だから「尊皇攘夷」と言ったのである。

 

日本國の長い歴史の中で、「神國思想」「尊皇攘夷」の精神は静かに脈々と継承され生き続けて来た。それが國難・外圧・内憂などの國家的危機に際會すると激しく表面に噴出したのである。わが國における「尊皇攘夷」の精神は幕末期において初めて勃興したのではない。白村江の戦ひ、元寇、そして幕末といふ三度にわたる外患の時期において勃興したのである。

 

今日わが國は、内外情勢の危機が顕著になってゐる。それは明治維新前夜よりも深刻な状況である。そして人々の心の中に不安と空虚感が広まっている。これを克服するためには、日本民族としての主體性・帰属意識を回復する以外に無い。日本民族の歴史意識・傳統精神を我々一人一人の精神の中で甦らせ、國民一人一人の倫理観・道義感の基本に置き、日本民族の意識・ナショナリズムが形成される。今こそナショナリズムが勃興すべき時である。

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