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2014年7月 7日 (月)

伊勢の神宮と「今即神代」の信仰

「今即神代」が日本伝統信仰の根本である。伊勢の神宮に行くと今日においても誰でもこの思ひを抱く。近代歌人もさうした思ひを歌に詠んでゐる。若き日に社会主義革命思想に傾斜した土岐善麿も伊勢の神宮において、

 

「おのづから 神にかよへる いにしへの 人の心を まのあたり見む」

 

と詠んでゐる。

窪田空穂は、

 

「遠き世に ありける我の 今ここに ありしと思ふ 宮路を行けば」

 

と詠んでゐる。

 

昭和四十二年の秋、イギリスの歴史学者、アーノルド・J・トインビーが夫人と共に参宮した時、内宮神楽殿の休憩室で「芳名録」に記帳し、

 

「この聖地において、私は、あらゆる宗教の根底をなすものを感じます」

 

と書いた。

 

人類は様々の宗教を信じてゐる。そしてそれらの宗教はそれぞれ特色があり、人類に救ひと安穏をもたらしてゐる。しかし半面、人類の歴史は宗教戦争の歴史であったともいへる。それは今日に至るまで続いてゐる。神を拝み、神を信じる人々による凄惨なる殺しあひが行はれて来た。

 

わが國伝統信仰の根底にあるものはは、天地自然の中の生きたまふ大いなるものへの畏敬の心である。わが國の自然を大切にする心=自然保護の精神は、歴史的にも文化的にも『神社の森』『鎮守の森』がその原点である。わが民族の祖先は、古代から神々の鎮まる緑豊かな『神社の森』『鎮守の森』を大切に護って来た。それは鎮守の森には、神が天降り、神の霊が宿ると信じて来たからである。鎮守の森ばかりではない。ふるさとの山や海に神や精霊が生きていると信じてきた。秀麗な山河に神が天降り、神の霊が宿ってゐると信じて来た。

 

天皇の御祖先である邇邇藝命は高千穂の峰に天降られた。そして、富士山・三輪山・大和三山・出羽三山・木曾山など多くの山々は神と仰がれ今日に至ってゐる。

 

さらに、海の彼方にも理想の國・麗しい國があると信じた。それが、わたつみ(海神)信仰・龍宮信仰である。海は創造の本源世界として憧憬され崇められた。

 

我が國傳統信仰即ち神道は、自然の中に生きる神の命と人間の命とが一體となって結ばれる信仰である。それと共に、自分たちの祖先の霊を崇め感謝し奉る信仰である。これを「敬神崇祖」と言ふ。

 

その最も端的な例が天照大神への信仰である。天照大神は、農耕生活にとって最も大切な太陽に神であられると共に、その太陽神を祭られる祭り主であられる「すめらみこと」=天皇の祖先神であられる。そして天照大神は日本民族の親神として崇められて来た。

 

伊勢の神宮はまさに、最も純粋に最も簡素にその大いなるものをお祭りしてゐる聖地なのである。伊勢の聖地の精神こそが今後の世界平和の根幹になると確信する。今を神代へ帰したいという祈り即ち「いにしゑを恋ふる心」がそのまま現状への変革を志向する。

 

 

 

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