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2014年7月 3日 (木)

支那を「中国」と言うべからず「論」

 支那という言葉の起源は、秦(春秋時代の諸侯の一つ。今の甘粛・陝西省の地方)であるという。決して蔑称ではない。わが國は江戸時代の學者(新井白石といわれている)が、英語のChinaの訳字として支那という漢字を当てたという。したがって、支那という言葉には支那に対する侮蔑の心は全くないのである。(もっとも最近の支那共産政権の侵略主義と専制政治、そしてわが国に不法入国して繰り返す支那人の犯罪は侮蔑されても仕方がないが)

 

一千年以上昔の唐代の三蔵法師以来、支那の仏典において支那という言葉が使われた。なぜなら、中國あるいは中華という漢語は、中央の國という意味であり、仏教信者にとっては、世界の中央とはインドであったからである。また、近代の章炳麟・梁啓超・胡適・宋教仁・孫文・康有為・茅盾などの革命家・政治家・思想家、小説家も自國のことを支那と言っていた。

 

 今日においても、國際舞台で支那共産政府自身、自國のことを「China」と名乗っている。ということは、彼らは今日でも支那と名乗っているということなのである。自國が名乗っている言葉を日本人が用いたからと言って、「差別」だの「侮蔑」だのと言って騒ぐのは全くおかしい。支那という言葉が蔑称であり「國家主義的発想」であるのなら、Chinaも悪いということになる。ともかく、支那を支那と言って何が悪いということになるのである。 

 

 「中國」「中華」という言葉は、世界の中心に位置する國という意味であり、きわめて普遍的であって、支那のみが中國なのではなく、前述したようにインドにも「中國」という意識があったのである。わが國日本にも、「中國」という自覚がある。わが國は「葦原中國(あしはらのなかつくに)」ともいう。また、山鹿素行が赤穂配流中に著した歴史書『中朝事実』の「中朝」とは「わが國の朝廷」の御事である。

 

 つまり、日本人が支那のことを中國というのは、まことにおかしいということになるのである。

 

 ところが、敗戦後、支那に対して誤れる贖罪意識意識を持つようになった日本人が、「支那」という言葉を自己規制するようになってしまった。ここに大きな問題がある。

 

 支那が「中華」「中國」を自称するのは、支那民族が、周囲の國・民族よりすぐれているという独善的な観念に基づく。そして支那人は、周辺諸國・諸民族を東夷・西戎・南蛮・北狄と言って差別するみならず、支那の支配下に置くことを目的とした対外膨脹思想を抱いている。これを「中華思想」という。

 

 そして支那には、周辺諸國を自國の属國とみなし、これに朝貢(外國人が来朝して朝廷にみつぎものを差し上げること)させて来た長い歴史がある。そうした悪しき伝統は共産主義政権になっても脈々と生きている。と言うよりもますます顕著になっている。だから周辺諸國の領土を掠め取るのは当たり前だし、気に入らない國に対しては武力で恫喝したり制裁を加えるのは当然という考え方があるのだ。現に支那共産政権は、チベット・内蒙古・満洲・東トルキスタン(新疆ウイグル)に対して侵略支配を行っている。

 

 支那人の抱く中華思想には、もともと國境という観念がない。なぜなら、自らを「世界帝國」と見做し、世界は全て支那の領土と心得ているからである。もちろん実際には、支那大陸にある政権の権力支配の及ぶ範囲は限られている。しかし、支那人の観念からすれば、そのために生ずる境界は「國境」ではなく、その境界の外は「辺境」だとされる。

 

 大東亜戦争後、蒋介石政権が台湾を接収した時、台湾のことを「辺境」と言った。この「辺境」とは「本来支那が支配すべき地域だが、目下のところそうはなっていない地域」という意味である。

 

 したがって、事情が許せば「辺境」は支那の支配下に置く意志を持っている。つまり「中國」「中華」を名乗っている支那大陸の政権は、有史以来帝國主義的侵略支配を意図する政権なのである。だから、國民が外國に渡っていくことを抑止しないで、「華僑」などと称させているのである。また、日本への支那人の密航が激増し犯罪が頻発しても、支那の官憲は真剣に取り締まろうとはしないのである。

 

 共産支那は政権奪取以来、巨大な陸軍を擁しつつ大陸を支配し、一九六四年には核兵器さえ手に入れた。そして今日、急速な経済近代化・経済建設が進行、その経済力をベースに、露骨に軍事力増強の「富國強兵」策を採っている。

 

 周辺諸國を「辺境」と見做し、あわよくば侵略し支配しようという支那の伝統的な傾向が、現実性を帯び始めているのである。それが台湾及び尖閣諸島・沖縄への軍事的圧力となって表れている。

 

 支那共産政権は、「戦前の日本は侵略國家だった。そして日本に軍國主義が復活しつつある」と攻撃しているが、共産支那こそ、アジア最大の侵略國家であり、軍國主義國家である。これに対して、戦後七十年ちかくにわたって「富國強兵」とは正反対の「富國弱兵」政策を採り続けてきたわが國は、主権國家としての政治的・軍事的力がきわめて弱体である。

 

 このような状況が続けば、日本は「中華帝國」の広域支配下に組み入れられてしまう危険がある。「集団的自衛権行使容認」は共産支那の日本及びアジアへの侵略を食い止めるための手段である。これに反対するのは実に以て愚かなことと言うよりも、利敵行為と言わねばならない。わが國は、アメリカ及びアジア諸國と連帯して中華帝國主義に対抗すべきである。そして共産支那を軍事的に封じ込めるべきである。

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