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2014年6月 5日 (木)

伊勢の神宮の神殿と日本伝統信仰

わが国傳統信仰は稲作文化から発生した。この度、伊勢に参宮し、皇大神宮ご正殿・御稲御蔵・外幣殿を拝し、神殿そのものが、日本伝統信仰の結晶であることをあらためて、認識した。神話の世界がそのまま、神殿に投影されてゐると実感した。

 

原初、わが国の伝統信仰には神殿は無かったとされてゐる。日本の神々は、祭祀が行はれる時に、神が居られるところから降臨されて、樹木や石などに依りつき、祭祀が終了すると元の所に戻られるとされる。今日の祭祀においても、降神の儀・昇神の儀が行はれてゐる。だら本来神殿は無かったとされる。大神神社は今日においても、三輪山そのものが御神体であり、神殿はない。

 

何故神殿が造られるやうになったのか。榎村寛之氏は「自然神から人格神に発展する過程で発生した」(『古代・律令体制の造替の開始』)と説いてゐる。これも一つの考へ方であるが、時代の推移と共に、自然に神殿が造営されるやうになった。

 

稲作文化の国である日本の最高神をお祀りする神殿は、稲穂を収蔵しておく穂倉の形になったのであらう。「唯一神明造」と言はれる皇大神宮ご正殿・豊受大神宮ご正殿・御稲御蔵・外幣殿は、檜の素木造(しらきづくり)の掘立式(柱の素を直接地中の埋めて作る方法)で造営されており、屋根は茅葺である。稲を収蔵しておく高床式の弥生時代の穀倉の形である。神が祀られている建物を祠(ほこら)と言ふ。それは穂倉(ほくら)の音が変化して言葉であらう。

 

 

日本人が生きてゆくために食する穀物を納める蔵の形に神殿が造られてゐるのである。まさに日本の神々は命の本源なのである。太陽神といふ自然神をお祀りする神殿が穂倉・穀倉の形をしているといふことは、必ずしも日本の神が自然神から人格神に発展したから神殿が建てられるやうになったとは言へないのではなからうか。

 

日本は稲作国家であるから、その国の最高神を祭る神殿が穂倉の形になるのは自然のことであった。稲に生育にとって太陽の光と熱は不可欠である。太陽は、稲の生育の原動力であり、且つ、人間の生命の原動力である。従って、太陽神たる天照大神の御神霊と、稲の霊とは不離一体であるのである。

 

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